歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



   
上左:『時今也桔梗旗揚』
武智光秀
撮影:松竹株式会社
(平成12年9月歌舞伎座)

上右:『勧進帳』
富樫左衛門
撮影:松竹株式会社
(平成21年5月歌舞伎座)

左:『松竹梅湯島掛額』
紅屋長兵衛
撮影:松竹株式会社
(平成18年5月新橋演舞場)
 

受け継ぐ伝統
 〜現代人の心を打つドラマを探り出して

 昼の部は「秀山を偲ぶ所縁の狂言」という副題がつけられた『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』で武智光秀を演じます。秀山は初代吉右衛門の俳名でした。その初代が播磨屋型を作り上げ、当たり役となった光秀は二代続く家の芸です。
 「初代吉右衛門は古典に近代的な人間性を取り入れようとしたのではないかなと思います。明治末期から昭和と世の中が劇的に変わった時代を生きた人です。歌舞伎も型を見せるだけではない、同じ時代を生きる方々が共感してくださる人間像を大切にしたのだなと演じる度に考えさせられます」
 初代は必ず「饗応」―小田春永が小姓の蘭丸に命じて鉄扇で光秀の眉間を割るいわゆる「眉間割り」―の場から演じていました。
 「『眉間割り』から上演すると、春永と光秀の人間性がよく分ります。短気な暴君と、分をわきまえながらも激しい気性の部下というのは…現代の会社での上司と部下の関係にもありそうですよね。ふたりの性根を知ることで、続く『馬盥(ばだらい)』の場でさらなる屈辱を受けて我慢する光秀の心情、そしてなぜ謀反を決意するのかが浮かび上がってきます」
 暴君・春永の理不尽な辱めにじっと耐える肚芸が見どころの『馬盥』。細かい心情表現が播磨屋の型に受け継がれています。
 「春永が光秀を侮辱して馬に例え光秀に、轡(くつわ)を投げつけます。そして妻の切髪を満座の中でつきつけられ、春永以下が去ったあと、光秀は轡を拾ってじっと耐えていますが、そのうち悔しさ、哀しさを押さえることができずに手が震えて轡がガチャガチャと鳴るのです。これが初代の演出です。続く『愛宕山』では謀反の意を表わして大見得をする場面もありますし、歌舞伎らしいスケール感と光秀の心理ドラマを楽しんでいただけたら嬉しいです」
 夜の部では『勧進帳』の富樫を勤めます。四天王、義経、弁慶と全ての役を勤めてきた中村吉右衛門さんが考える、富樫の面白さとは。
 「富樫はお能で言ったらワキです。お能もそうですが、真のシテだけがよくても成立しないのが舞台です。いわばしっかり盛り上げていく役ですね。富樫がリードして話を進めますから、責任は重大です」
 そして35年ぶりの『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』「鈴ヶ森」で幡随院長兵衛を、『松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)』「お土砂」では紅屋長兵衛を勤めます。演目の魅力はもちろん、どちらもオリジナルの台詞が楽しみです。
 「『鈴ヶ森』の長兵衛は原作から台詞をとって考えました。悩んでいるのは『お土砂』のコミカルな台詞です。最近、どなたでもすぐにわかる流行語がなかなかありませんから…」
 より多くの方に、より満足していただくのが役者の勤めとおっしゃる吉右衛門さん。この9月は時代物から喜劇まで多彩な演目が並びます。
 「様式性の高い松羽目物から、歴史を描いた時代物、腹を抱えて笑える世話物と間口の広いのが歌舞伎の魅力です。夜の部の最後はコミカルな『お土砂』で理屈ぬきに笑っていただければ。そして美しい『櫓のお七』で幕切れです。今月のバラエティーに富んだ演目を楽しんでいただきたいですね」

私と歌舞伎座

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