歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



受け継ぐ伝統
 ~泉鏡花の美意識に生命を

 先月は名古屋・御園座の吉例顔見世『仮名手本忠臣蔵』で「道行」と「五・六段目」の早野勘平を勤めた片岡仁左衛門さん。『忠臣蔵』への出演は、昨年10月の平成中村座、3月歌舞伎座の『元禄忠臣蔵』を含めると、この1年1ヶ月の間に4度目となります。

 「『忠臣蔵』がこれだけ上演されるのは、とにかくよくできた芝居だからだと思います。もちろん三大狂言に数えられる『義経千本桜』や『菅原伝授手習鑑』も素晴らしいのですが、その中でも『忠臣蔵』は序幕から終わりまで、浅野内匠頭(塩冶判官)という人間の生きざまや無念さが登場人物ひとりひとりに受け継がれ、流れているんです。魂のドラマとでもいいましょうか。それが、とてもいい“流れ”で描かれています」

 「『忠臣蔵』はどの役でもすぐ代役を勤められるように」と先輩方から受けてきた言葉の通り、様々な役柄を演じてきました。中でも一番多く勤めてきたのが大星由良之助です。

 「由良之助を演じさせていただけること。このことが、まずは本当に幸せです。『仮名手本忠臣蔵』における大星由良之助というのは、芝居の上では判官や家来から揺るぎない信頼を置かれている国家老であり、仇討ちの統領です。そしてまた舞台を勤める“一座の由良之助”でもある。その風格をお客様に感じていただく、特別な役です」

 「通し狂言を貫く主役で、物語を展開させる推進力となる役です。その割に、演じている方はそうだと感じないのがまた魅力です。忠義に厚く実直な人間像が一貫しているからでしょう。演じていて気持ちのいい役です。通し狂言では特に討入り後の引揚げの場で、スカっとした爽快感すらあります」

 「七段目」の「祇園一力茶屋」の大星由良之助は、討入りの機を謀りながら敵方の眼をくらまし廓で遊ぶ、本心と表面との二重性が見どころと言われます。

 「廓で遊ぶ男の色気を出さないと―など、よく言われますが、演じるほうはそう思ってはいけない役です。肚と上面という計算ばかりが先行しては、自然に見えない場面です。演じるというよりも、粋な遊びをする人間が持つ空気を纏うことができるかどうかが大切です」

 華やかな大道具、遊び慣れて丸くなった性根や動き―しかし「七段目」の由良之助こそ「大変な役」だと仁左衛門さんは語ります。

 「歌舞伎の役は全てそうですが、根底に生きた“こころ”を持ってこそ、観てくださる方に性根を伝えることができます。『七段目』の由良之助は“昼行灯”と揶揄されながらも、決してそうではない、やはり統領らしく見えなければならないんです。そこが難しい。役者が無念を持ち続ける由良之助の“こころ”をどれだけ貫き通せるか、観ている方に伝えられるか。そういう意味で大変なお役だと思っています」

 江戸時代に生まれた役ひとつひとつには、およそ260年の時を経た今も血が通い、こころが動いている。―その想いは未来の歌舞伎へも繋がってゆきます。

私と歌舞伎座

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