歌舞伎いろは

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平成21年4月歌舞伎座で、『曽根崎心中』お初上演1300回を迎え、終演後カーテンコールに応える藤十郎さん。撮影:松竹株式会社 

 

『曽根崎心中』天満屋お初
(徳兵衛は長男の五代目中村翫雀 平成21年4月 歌舞伎座) 
撮影:松竹株式会社 

カーテンコール後の舞台袖で、拍手で迎えられる“お初”

新たな挑戦
 ~歌舞伎座のカーテンコール

 藤十郎さんは21歳で『曽根崎心中』のお初を初めて演じました。以来、57年もの長きにわたってお初を演じ続け、昨年4月24日、歌舞伎座で1300回目のお初を勤めました。この歴史的な舞台を観ようと観客が詰めかけ、歌舞伎座は大入りで、終演後にはカーテンコールも行われました。

 「お初の1300回ということで劇場の方々から“カーテンコールを”と提案された時は、嬉しさと戸惑いがありました。『曽根崎心中』という話は皆さんご存じの通り、カーテンコールをするようにはできていませんからね」

 2001年に「近松座」の英国公演の際、藤十郎さんは『曽根崎心中』でカーテンコールをなさっています。

 「イギリスではカーテンコールのない芝居はない!と劇場の方に言われまして(笑)それならばと…。やはり、お初から自分にすぐにかえるのは難しいです。歌舞伎座のカーテンコールでは、お客様に、応援していただいてお初を勤めることができた感謝の気持ちを伝える一心でいたしました。伝わっているといいのですが」

 日本の、しかも歌舞伎座でカーテンコールをするとは時代が変わったなぁ、と感慨深い想いを持ったと藤十郎さんは言います。ところが、その後に大きなサプライズが待っていました。

 「カーテンコールを終えて楽屋に戻りましたら、後輩の俳優の皆さんが大きなデコレーションケーキを用意してくださっていたんですよ。ろうそくもきれいに立ててくださって、もちろん1300本は無理ですが、それを吹き消させていただきました。お初の姿のままでですよ(笑)。そんなことは役者人生の中で初めてですから、歌舞伎座最後の1年の大きな思い出になりました」

 このサプライズは、普段から若手俳優たちに芸を熱心に伝え、継承しようと尽くしている藤十郎さんの人柄あってこそです。

 「若い方がよく芝居を観て下さっているようで、嬉しいことです。ただ私は、細かいことまでこうしたほうがいいとは言わないようにしています。芸というのはね、動き、台詞のひとつにしても、自分が演じるうちに何かをつかんで、そして自分でその役を生きていく長い道程のような気がするんです。私自身がそうやって生きてきましたし、今、自分の生き方が間違ってはいなかったと思っておりますから。後輩たちにも息子たちにもそのように言っております」

 芸とは、見つけることである。だからこそ、毎日の舞台が新しく新鮮なものとなり、役の心とお客様の心がひとつになる。その想いは、新しくなる歌舞伎座への期待にも重なります。

私と歌舞伎座

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