歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



浄瑠璃も書いた「江戸のダ・ヴィンチ」平賀源内


 日本で初めての静電気発生装置「エレキテル」を作った平賀源内。発明家であり蘭学者でもあり、医者、画家、陶芸家の顔も持つ異才の人です。炭焼や通船工事の指導もしたという多才ぶりは、ルネサンスの天才レオナルド・ダ・ヴィンチを彷彿(ほうふつ)させます。「土用の丑の日」が平賀源内の発案かどうかの真偽はともかくとして、歯磨き粉『漱石香(そうせきこう)』やお菓子の広告を手がけたり、源内は日本のコピーライターの草分け的な存在でした。

 源内は作家としての才能を活かし、ペンネーム福内鬼外(ふくちきがい)として数々の人形浄瑠璃の作品を手がけました。そのひとつ、「江戸浄瑠璃の名作」と言われた「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」は、歌舞伎にうつされ、今もよく上演されています。

 関東の武将、新田義貞の息子、義興(よしおき)は足利尊氏討伐の途上、足利方へ裏切った矢口の渡しの船頭、頓兵衞(とんべえ)の計略で溺死します。その頓兵衞に偶然にも一夜の宿を求める、義興の弟義峯と恋人の傾城(けいせい)うてな──。ですが実は物語の主人公はこの二人ではなく、頓兵衞と娘のお舟です。義峯を一目見て愛してしまうお舟が、我が身を犠牲にして、頓兵衞から義峯とうてなを救う悲恋。そして、強欲ゆえに我が娘を殺しても義峯を追う、頓兵衞の極悪非道ぶりが、大きな見どころとなっています。また、お舟のクドキの中に「琥珀(こはく)の塵(ちり)や磁石の針」などという台詞があるのが、作者、源内の科学者の顔をうかがわせて興味をそそります。

 舞台となったのは、現在の東京都大田区、東急多摩川線の武蔵新田駅近く。多摩川の「矢口の渡し」です。一説には、この地で壮絶な討ち死にをした義興を祀った新田神社の宮司が、義興伝説をもとに執筆を依頼したとも言われるこの物語。今も新田神社のほど近くにある「頓兵衞地蔵」は、頓兵衞が前非を悔いて建立したと伝えられ、架空の人物、頓兵衞が新たな伝説となるほどに物語が人々に親しまれてきたことを教えてくれています。

『肖像集』より平賀源内 栗原信充画。国立国会図書館蔵。無断転載禁