歌舞伎いろは

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森の熊やリスだけじゃない、人も食したドングリ

 いつでもさまざまな物が食べられる現代では、旬が曖昧になりつつありますが、「木の実(きのみ)」となると、これはやっぱり秋のイメージ。例えば栗もそのひとつ。焼き栗、いわゆる「天津甘栗」が一年中手に入るとはいえ、生の栗が店頭に並ぶのは、秋の限られた一時期です。

 江戸の庶民にも、栗は秋の楽しみのひとつでした。家庭で焼いたり茹でたり、茹で栗売りがでることもあったようです。ホクホクの食感でほんのり甘い栗は、いかにも実りの季節にふさわしい味わい。旧暦9月9日(現代の10月)、収穫の時期にあたる重陽の節句は、別名「栗の節句」とも言われ、必ず栗ご飯を食べる習慣がありました。

 栗と同様、秋に目にする木の実にドングリがあります。ツヤツヤとした茶色く硬いボディに、ベレー帽──殻斗(かくと)──をちょんと乗せた姿が愛らしい木の実です。クヌギ・カシ・ナラ・カシワなどの根元にコロコロと落ちているドングリは、森の動物たちの貴重な栄養源。今頃、山の奥深くでは、冬眠前の熊がもぐもぐと口に運び、働き者のリスたちがせっせと秘密の貯蔵庫に貯め込んでいるかもしれません。余談ですが、リスが冬の食料として地中に埋めたまま、うっかり(?)忘れてしまったドングリが芽を出して、新たな森の木を育むのだそう。

 発芽のエネルギーを秘めているだけに、ドングリは総じて栄養価が高く、古くは人も食用にしていました。日本では縄文時代の遺跡などから、貯蔵されたドングリやその皮が見つかっています。では美味しいか?と言えば、クヌギやコナラの実はタンニンを多く含むため渋く、食用にするためには丹念なあく抜きが必要です。あえて食べてみたいなら、生でも甘味があり、炒ると芳ばしい椎の実がお勧め。近所の公園にスダジイやマテバシイの木があれば、実を拾って縄文気分を味わってみてください。美味しさは──感じ方次第、といったところでしょうか。

 

左がマテバシイのどんぐりで右がコラナのどんぐり