筋書いまむかし その壱 筋書いまむかし その壱

第2章.「いま」の筋書、ここに注目! ~江戸歌舞伎の風情が残る 絵看板・総連名~


 ここでは現在の筋書の注目ポイントをご紹介します。筋書にはお客様に楽しんでいただけるようさまざまな工夫やこだわりが詰まっています。今回は、筋書に毎回掲載されるお馴染みのページの内、江戸時代から続く歌舞伎の伝統を感じられる「絵看板」と「総連名」をご紹介しましょう。

江戸歌舞伎と言えば、鳥居派の絵看板

 歌舞伎の絵看板は、元禄時代より鳥居派の絵師によって描かれてきました。現在でも、鳥居派九代目鳥居清光(とりいきよみつ)先生の絵看板が歌舞伎座の正面を飾っています。鳥居派の絵は、“瓢箪(ひょうたん)(あし)”(筋肉を誇張するため瓢箪のような形をした手足)に“蚯蚓書みみずがき” (強い抑揚をつけた描線)と言われる独特な表現が特徴で、初世清信の時代から変わっていません。

 鳥居派で初めての女性当主となる清光先生は、東京藝術大学で日本画を学び、卒業後は日生劇場で大道具の設計などをしていました。その後、父・清忠のもとで絵看板の修業に専念、昭和57(1982)年に九代目を襲名しました。絵看板だけでなく舞台美術や衣裳を手がけたこともあり、江戸歌舞伎と鳥居派の結びつきは現在まで続いています。清光先生は絵看板の製作について次のように語っています。

鳥居派九代目当主 鳥居清光氏

 「登場人物が多いとやはり手がかかりますし、世話物より時代物の方が衣裳の模様も細かくて手間がかかります。新作が多い時はもう大変。(中略)でも、伝統ある歌舞伎座の看板ですし、歌舞伎座とのお付き合いは私個人ではなくて代々のもの。この繋がりを大切に、これからも身体が続く限りいい絵を描いていきたいと思っています。
(平成30〈2018〉年5月歌舞伎座筋書「わたしと歌舞伎座」より)

 歌舞伎座の筋書は、公演の前半に販売される「初版」と、月の後半に販売される舞台写真入りの「再版」があります。初版では各演目の絵看板が1ページごとに掲載されていますので、歌舞伎座の前に掲げられている絵看板をご自宅でもじっくりと楽しんでいただけます。

 絵看板は、時代物の緊張感、舞踊の優雅さなど、作品によっても雰囲気が違いますので、筋書ではそうした雰囲気の違いが伝わるよう、毎回実際の絵看板と印刷見本を見比べながら細かく色の調整をしています。ご観劇の後には筋書の絵看板を見ながら、ぜひ舞台の余韻と江戸歌舞伎の風情に浸ってください。

筋書に掲載された絵看板(平成22〈2010〉年1月歌舞伎座)
『車引』(右)と『京鹿子娘道成寺』(左)。『車引』は、鳥居派の特徴である瓢箪足と蚯蚓書が特によく表れている。

筋書の顔、総連名ページ

総連名ページ(平成22〈2010〉年4月歌舞伎座「御名残四月大歌舞伎」)
千穐楽までの無事と満員御礼を祈念して、総連名には必ず「千穐せんしゅう万歳ばんぜい 大大だいだいかのう(赤枠)という文言が入る。興行の最終日を意味する「千秋楽」だが、江戸時代は火事が多く芝居小屋がよく焼失したため、歌舞伎では“火”が入っている「秋」ではなく、縁起の良い“亀”の字が入る「穐」を用いるようになったと言われている。

 歌舞伎座の筋書の冒頭には出演する幹部、名題俳優が並んだ「総連名」の掲載されたページがあります。「総連名」のほか興行名、演目、日程、料金といった主要な公演情報が集約されたこのページは、まさに“筋書の顔”と言えます。

 まず全体を見ると、上段に演目、下段に俳優の名前が並んでいます。この構成は第1章で紹介した辻番付に似ていますね。第一期歌舞伎座の開場当時の辻番付では、俳優の名前は場面別に並んでいましたが、現在の「総連名」は、演目の順番などは関係せず、その時々の出演者の人数や顔ぶれによって並びを決めています。

 次は文字に注目してみましょう。この文字を見ると“歌舞伎”という感じがしますね。これは「勘亭流かんていりゅう」という歌舞伎に使われるオリジナルの文字で、江戸中村座の座元である九代目中村勘三郎から、遠くからでも目立つような劇場の表看板を依頼された岡崎屋勘六が創作したと言われています。また、流派の名前は、勘六の号が“勘亭”だったことに由来しています。
 勘亭流の特徴は大きく次の3つです。

①文字の線が太く隙間が少ない⇒「客席に隙間がなく大入になるように」との願いが込められています。

②線を尖らせず文字に丸みがある⇒「興行の無事円満を図る」という意味があります。

③ハネは全て内側に収める⇒「お客様をハネ入れる」という願いが込められています。

感亭流(「大江戸芝居年中行事」)
(国立国会図書館所蔵)

 歌舞伎座の筋書では「総連名」のほか各演目の扉ページの外題(げだい)(タイトル)も勘亭流を使用しています。勘亭流には「たくさんのお客様に歌舞伎の舞台を楽しんでいただきたい!」という江戸時代から続く熱い思いが詰まっているのです。

◇◆筋書編集室こぼれ話◇◆

 総連名は筋書の中でも重要なページなので校正も特に気をつけています。勘亭流は同じ文字でも字体が複数あったり、旧字が元になっていたりするので、校正の時は過去の筋書から同じ字を探して確認したり、指でなぞってみたりして、一文字、一画ずつチェックしています。
 現在、歌舞伎座では複数の揮毫きごう者に勘亭流の揮毫をお願いしています。それぞれに書き手の個性が出ていますので、その違いにもご注目ください。ちなみに、その月の総連名の揮毫者に歌舞伎座の懸垂幕も書いていただいています!

令和2(2020)年9月公演の懸垂幕