歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』の現在の放送時間については 番組ホームページでご確認ください。

押戻(おしもどし)ってなあに?
押戻とは、独特のいでたちの勇者が怨霊(おんりょう)や妖怪(ようかい)の前に立ちふさがり、その行く手を阻む、という役の総称、またはその演技、演出のこと。“荒事(あらごと)”と呼ばれる、江戸の歌舞伎の特徴である荒々しい男性的な表現方法の一つです。役名はその時々のお芝居によって変わりますが、大館左馬五郎(おおだてさまごろう)、竹抜五郎(たけぬきごろう)などがよく使われる役名です。
どんなストーリー?
隈取(くまどり ※)をして、荒事の鬘(かつら)と衣裳を身に着け、高下駄(たかげた)を履き(はき)、竹の笠と太い青竹を持った勇者が、力強く勇ましく登場し、荒れ狂う怨霊や妖怪を花道から舞台奥に押し戻し、退散させます。
「押戻」は、道成寺物(どうじょうじもの)の舞踊の幕切れに登場することが多いです。
 
隈取(くまどり ※):役柄の善悪や性格を誇張する、装飾的な歌舞伎の化粧法。太い筋を描いて図案を描くが、これは、顔面の筋肉や血管を誇張したものといわれ、筋の入れ方や色には決まった型がある。色は、紅はパワー、勇気、若さ等を象徴する陽性のメイクで、藍は邪悪を表し、大悪人や亡霊などに使う。茶は土蜘蛛など、非情な悪の化身に使う。
 

亀治郎さんの鬘の髪を結んでいる白い紙は力紙(ちからがみ)といって、荒事を象徴する拵え(こしらえ)のひとつです。力紙は強力な人間が怪力を現すという場面で登場人物につけられるもので、日本人形の桃太郎にも見られますね。力紙のルーツは日本古来の民俗伝承にあります。例えば、相撲の取り組み前の力士が力水をつかった後に口を拭う力紙や、日本各地に伝わる山伏神楽の「荒舞(あらまい)」など、どちらも「力紙は場や身につけている人を清め、さらに力をつけるという信仰に基づいたもの」といわれています。

力紙とともに荒事の拵えにつきものなのが、背中に大きな結び目のある、鮮やかな羽二重(はぶたえ)の糸の束を編んだ仁王襷(におうだすき)。大きな襷は一種の呪力を表すもので、三河花祭の訪れ神「榊鬼(さかきおに)」などは太い丸ぐけ(※1)の、真っ赤な大襷を掛けています。

そして、手に持っている大きな青竹。地方の民俗芸能のうちの「露払いの役」にも見られるそうで、歌舞伎研究家の郡司正勝氏は『かぶき 様式と伝承』という著書のなかで、“山法師たちによって行われてきた京の鞍馬山の竹切りの行事や、爆竹(左義長 ※2)の行事とも関係のあるもの”と述べています。 竹は丈夫でよくしなり、弾き返す力が強く勢いがあります。火薬を使う前の原始的な爆竹は竹を燃やしてバチバチと大きな音をたてるもので、古くから中国では魔よけに使われていました。竹のそうした性質は、悪霊を祓う勇者が持つ物としてふさわしいものと言えるでしょう。

丸ぐけ ※1:芯に綿を入れてくけ縫いにすること
左義長 ※2:左義長(さぎちょう)とは小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる。

 
出演者のご紹介
二代目 市川亀治郎 (いちかわかめじろう)
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。市川段四郎の長男。伯父に市川猿之助、祖母に女優の高杉早苗、俳優の香川照之は従兄弟にあたる。慶應義塾大学文学部卒業。55年7月歌舞伎座『義経千本桜』の安徳帝で初お目見得。58年7月歌舞伎座『御目見得太功記』の禿(かむろ)たよりで二代目市川亀治郎を名のり初舞台。2002年には自身の勉強会「亀治郎の会」を立ち上げる。
2010年8月 市川亀治郎さんの出演情報
第八回亀治郎の会 公演情報
東京公演:8月18日(水)〜22日(日)
京都公演:8月24日(火)〜27日(金)

また、傳左衛門さんとご一緒に、『珠響〜たまゆら〜 第二回 彩』(7月31日(土)〜8月28日(土))にもご出演します。
三響會公演情報  http://www.sankyokai.com/performance.html#event_341