「パリと歌舞伎とオペラ座と」最終回

字幕と観客

 前回お伝えしたシネテーク・フランセーズでの日仏文化交流イベントでトークの司会を担当していたのは、オペラ座公演のフランス語字幕を手がけた東京大学助教授のパトリック・ドゥ・ヴォスさんでした。

 字幕が表示される電光ボードが設置されたのは舞台上方、舞台脇のブースでドゥ・ヴォスさんが舞台の進行を確認しながら機械を操作するという仕組みです。日本語に堪能なだけでなく歌舞伎に造詣の深いドゥ・ヴォスさんは「戯曲を訳するのではなく芝居を訳する」意識で翻訳に取り組んだといいます。限られた字数で「舞台を観る妨げにならないように、作品全体を凝縮してさまざまな余韻をいかにして伝えるか」を追求した結果、手直しは初日ギリギリまで続いたのだそうです。

 その成果の程は舞台に釘付けになっていた観客の姿を見れば一目瞭然。第3回のコラムで紹介したオペラ座バレエ団のエトワールであるニコラ・ル・リッシュさんも「日本では何度も歌舞伎を観ているが、初めてフランスで字幕がついたバージョンで観ました。これまでとは違う視点で歌舞伎が観られ、非常に理解の手助けになった」と話しています。

 またル・リッシュさんは「観客としても(オペラ座の)関係者としても、ガルニエで歌舞伎が観られたことが非常にうれしく、個人的にはとても幸せなことだった」と話し、オペラ座ガルニエでの歌舞伎の上演についての質問に「歌舞伎はガルニエで上演されるべきものだと思う」と答えてくれました。

 フランス政府から、團十郎さん、海老蔵さんそれぞれに「コマンドゥール」、「シャヴァリエ」という芸術文化勲章が贈られるという栄誉ももたらされ、パリ公演は大成功。それは日本人として歌舞伎を愛する者として"うれしくも幸せな"出来事でした。

 そんな中で非常に残念だったことがあります。それは上演中の舞台を撮影するマナー違反の観客が何人もいたことです。悲しいことにそのほとんどが日本人でした。歌舞伎の素晴らしさを伝えようと懸命になっている役者さんをはじめ舞台に携わるすべての方々に、そして同じ空間を共有している観客の皆さんに対して、あまりにも失礼で思いやりのない行為に同じ日本人として恥ずかしい思いでいっぱいでした。

 團十郎さんの言葉を借りればこれは「歴史的な1ページ」、次に繰り出されるページを汚すような心ない観客が劇場からいなくなることを願ってやみません。歌舞伎のますますの発展と観客のマナー向上を祈って、今回のパリ公演のレポートを終わりたいと思います。全5回、おつきあいいただきましてありがとうございました。

清水まり(フリーランスライター)