人とデザインの脈流

INAXライブミュージアムの中にある「世界のタイル博物館」。

 生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
 このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。

幾何学文様からなる小宇宙(イスラームドーム)

イマームモスク(イラン)

 イスラーム圏を旅し、モスクや宮殿を飾る幾何学文様に驚きと感動を覚えた方もいらっしゃることでしょう(写真1)。特にドーム天井を飾る幾何学文様には小宇宙を思わせる広がりや煌きを感じた方も多いのではないでしょうか。これらの多くのドーム天井は幾何学形状のタイルが組み合わさった文様から構成されています。イスラーム世界において宗教建築が盛んに建設された10世紀以降、このドームや建築壁面の装飾用の素材として多様な色合いと形状を有するタイルが選ばれたのです。その製造技術は、当時世界で最も優れていたといわれる科学技術を背景に飛躍的に発達したと言われています。

モロッコ モザイクタイル工場

世界のタイル博物館 イスラームドーム

同 ディテール

 世界のタイル博物館1階のイスラームコーナーでは、この幾何学文様を用いたドーム天井を再現しました(写真2、3)。再現するに際しては、日本では作られていない幾何学形状のタイルを作ることから検討しなくてはなりませんでした。中近東地域やモロッコなどでは、21世紀となった現在でも職人たちが、専用のハンマーで平板のタイルから幾何学形状を切り刻んで成形しています(写真4)。およそ千年前に最先端の科学技術で作られたタイルは、イスラーム世界では今も当時の作り方そのままに製造が続けられているのです。

 これに対し、科学技術の発達とともに機械化が進んだ日本のタイル製造技術において、イスラームと同じ手法でタイルを作ることは不可能といわざるを得ませんでした。そこで、イスラームのドームを装飾するデザインの原理原則を押さえた上で、基本に忠実な形状を現代の機械で作り上げようと考えたのです。

イスラームタイルデザインパターン

 とはいっても、イスラームのデザインについての資料は少なく、原理原則を一朝一夕で理解できるはずもなく、まず、「イスラーム建築の見方」(東京堂出版)の著書で、イスラームの建築史を研究する深見奈緒子先生の門を叩くことにしました。その時の深見先生の言葉で印象的な言葉は、「半球状のドームを装飾するために曲線を多用しているように見える幾何学文様ではありますが、これらの文様はすべて直線から構成されています」という言葉でした。早速、先生からお借りしたイスラームパターン集を見ながら、原理原則に従い、できる限りシンプルでイスラーム的な文様を構成する幾何学形状を決定したのです(図1)。最終的に用いたタイルの形状は12形状でした。この他にも、平面からドーム形状へ展開する手法や色合いの原則などもまたイスラームの幾何学文様を構成するための原理原則に従い、デザインを展開しました。

 約一年間の計画の半分以上をデザインの構成に時間をかけ、生産がはじまってからも多くの問題に突き当たりながら進めた工事でしたが、訪れていただく多くのお客様からイスラームの雰囲気を感じ取っていただいている声を聞き、デザインにおける原理原則の重要性を改めて実感しています。

文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男

江戸職人手帖

バックナンバー