江戸職人(クラフト)手帖
生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。
室内装飾に描かれたモチーフⅠ(ヴィクトリアンタイルのバラ)

写真1 タイルに咲いた憧れの花・バラ展(世界のタイル博物館)
![]() |
||
写真2 緑釉単彩バラ文レリーフタイル |
![]() |
写真3 青釉多彩バラ文チューブライニングタイル |
![]() |
|
![]() |
|
写真4 バラ文象嵌タイル |
日本の江戸時代後期から明治時代にかけて、英国ではヴィクトリア女王が即位し大英帝国の絶頂期をむかえます。この時代はヴィクトリア時代とも呼ばれ、産業革命によってもたらされた経済の発展が成熟した時代であり、人々は煤や煙で汚れた工業都市を離れ郊外に家を求め職住分離が進んだ時代です。中でも富を築いた中産階級と呼ばれた人々は、単に家を持つだけでなく、そこにいかに趣味や理想を反映させるかということにも高い関心を持っていました。
このような時代に室内装飾材に求められた内容は、美しくて、長持ちで大金を費やさないことであり、産業革命により工業化されたタイルが、それに最も適した素材として選ばれました。タイルは耐久性に優れ、衛生的であるという特性からだけでなく、家庭の中の美を作り出す室内装飾素材として注目されたのです。この時代のタイルを特にヴィクトリアンタイルとも呼んでいます。
INAXライブミュージアムでは2009年10月から2010年3月28日まで、「タイルに咲いた憧れの花・バラ」と題し、19世紀のヴィクトリアンタイルに描かれたバラのモチーフに焦点をあてた展覧会を開催中です(写真1)。紀元前から人類と関わりをもち、古代ローマ帝国やペルシャ帝国の貴族たちに愛でられてきたバラは、ヴィクトリア王朝で富を築いた中産階級の人々にとって憧れの花でした。イングリッシュガーデンには今も必ずバラが植えられていることはよく知られています。しかしながら、バラは、その美しい姿で咲いている期間は長くはなく、その美しさを永遠にとどめておく目的で人々はタイルにバラを描き、室内に飾ったものと考えられています。バラのデザインは当時の自然主義やゴシック・リバイバル、アール・ヌーボーの流行を反映して、写実的なものから曲線的にデフォルメされたものまで、さまざまな趣をもってタイルに表現されました(写真2、3、4)。
これらのタイルを見ていると、古来人々を魅了し続けてきたバラをインテリア素材として使い始めたヴィクトリア時代の人々の喜びや感動が伝わってくるようです。浮世絵や歌舞伎が江戸時代の人々の喜びや感動を伝えてくれているのと同じように。
文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男
江戸職人手帖
バックナンバー
-
押絵羽子板 ~親子が気持ちをこめて、全工程を手作業で~
役者がまるで眼の前で芝居をしているかのように臨場感溢れる姿を見せる押絵羽子板。今回は鴻月さんと、息子の和宏さんの製作現場を取材しました。
-
押絵羽子板 ~歌舞伎の名場面で暮らしを飾る~
向島で江戸の技を今に残す羽子板の「鴻月(こうげつ)」さんを訪れ、芝居と羽子板の深い関係をお伺いしました。
-
江戸千代紙 〜職人から職人に受け継ぐデザイン〜
東京・湯島で江戸末期から千代紙づくりを続けている老舗、ゆしまの小林(おりがみ会館)を訪れました。江戸のデザインを通して、日本人が愛でてきた美に迫ります。
-
江戸千代紙 〜遊び心と江戸の粋が生み出す色彩美〜
東京・湯島で江戸末期から千代紙づくりを続けている老舗、ゆしまの小林(おりがみ会館)を訪れました。江戸のデザインを通して、日本人が愛でてきた美に迫ります。
-
勘亭流 ~文字に込められた芝居への想い~
勘亭流の書家、伏木寿亭さんの仕事場を訪ねてお話を伺う2回目は、見慣れた文字ひとつひとつに込められた工夫と想いに迫ります。
-
勘亭流 ~芝居の賑わいを映す文字~
一度でも劇場に足を運んだ方なら、必ず目にしたことのある独特の文字。歌舞伎公演の筋書や看板の文字を手がける書家・伏木寿亭さんの仕事場を訪ねました。
-
江戸小紋 〜町人文化から生まれたデザイン〜
江戸小紋の人間国宝・小宮康孝さんの工房を訪ねる第二回目は、町人文化から生まれた洒落っ気いっぱいの小紋の世界を探訪します。
-
江戸小紋 〜厳しさに宿る美を追い求めて〜
第一回目は、極小の美と呼ばれる「江戸小紋」の世界を探訪します。遠目からは色無地にしか見えない着物に息づく、きりりと引き締まった文様。