歌舞伎いろは

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秘蔵のお宝:昭和30年の黒御簾音楽・附帳

昭和30年3月新橋演舞場公演の黒御簾音楽の附帳(杵屋栄二、作成)。

 私たちが使う道具というと、見台(けんだい)や唄扇子(うたぜんす)、湯飲みなどがありますが、歌舞伎長唄を象徴するものというと附帳(つけちょう)でしょうかね。附帳とは、黒御簾音楽の台本のようなもので、どんな場面にどんな音楽を演奏するかを綴ったものです。

 附帳は貴重なもので、昭和40年代くらいまでは門外不出とされていました。附師(つけし)と呼ばれる音楽の演出家以外は見ることができなくて、ちょっとのぞいただけでも怒られるくらい厳粛に扱われていたんですよ。和紙に墨で文字が書かれていますが、これは附師自身かお弟子さんが書かれていました。

 同じ演目でも、どこにどんな曲をつけるかは芯になる俳優さんによって微妙に異なります。例えば『弁天小僧』(※1)で、五人男が勢揃いする場面がありますよね。みなさんはお気づきになられないかもしれませんが、花道から登場するときの唄が違ったりします。

 黒御簾で使われる音楽は、2000〜3000曲くらいあると言われています。黒御簾の修業は、昔は『聴いて覚えなさい』と言われていました。毎月舞台を見て、10年くらいして何となくわかるようになる、という感じです。私も教えてもらうというよりも、聴いて覚えた曲が多いですよ。

 そうですね、昔はお稽古の量が今よりだんぜん多かったですね。今は、テープと譜で覚えようとする人もいらっしゃいますが、やはり見台の前に座って、師匠からきちんと稽古をしていただく。それを積み重ねないと芸というものは磨かれないんじゃないでしょうかね。私は杵屋栄二(※2)さんに三味線を教えていただきましたが、譜は使わせてもらえませんでしたよ。少しずつみっちりお稽古です。「土蜘蛛」という曲は、あがるまで1年近くかかったんじゃないでしょうかね。

 今は教える立場ですが、私が唄を教えるときでも、たとえば唄の出だしをきちんと教えようと思ったらやはり時間がかかります。唄い出しの間(ま)が、早いとか遅いとか30分やっても進まないことだってあります。でも差し向かいに座って時間をかけることでしか、つかめない何かがあると思いますね。

※1 『弁天小僧』:正式の外題は『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』。盗賊を主人公にした白浪物の代表作で、「浜松屋」と「稲瀬川勢揃い」が有名。
※2 杵屋栄二(きねやえいじ 1894-1979):歌舞伎長唄の三味線方。名人といわれた三代目杵屋栄蔵に師事。昭和12年より中村吉右衛門劇団邦楽部長。優れた演奏家であっただけでなく知識も豊富で、附帳も多く残す。昭和39年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。勲三等瑞宝章など多数受章。

 
   

下附帳(したつけちょう)。附帳を作る下書きで、お手製と思われるノートに鉛筆で綴られている(杵屋栄二、作成)。

唄扇子。お扇子を入れる袋は、形見の着物の布などが使われるそうだ。

里長さん直筆の唄本。唄方は、自分で唄本を書く。いわゆる一般の「長唄」の譜とは異なり、詞章だけが書かれている。

ちょっと昔の歌舞伎 モノからひもとく想い出あれこれ

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