名優の写真集・番外編 編集者安部豊 『舞台のおもかげ』

舞台のおもかげ

 6回にわたり、財団法人松竹大谷図書館で所蔵する明治~大正期を代表する名優の写真集をご紹介します。今回は番外編として、編集者安部豊についてお届けします。

左『舞台のおもかげ・市川左團次』、右『舞台のおもかげ・市村羽左衛門』。それぞれの紋がデザインに組まれています。

 昭和初期に、たて続けに出版された豪華写真集『舞臺之團十郎(ぶたいのだんじゅうろう)』『五世尾上菊五郎』『魁玉歌右衛門』の編集者安部豊は、明治40年創刊された演劇雑誌『演藝画報』の編集を担当した人物です。

 大分の出身で、上京して銀座の泰明小学校の教員をしていたところを『演藝画報』初代編集長中田辰三郎に誘われて入社、編集ばかりでなく寄稿でも腕を振るいました。楽屋に入り込んでの聞き書きは、その顔の広さを生かし多方面の俳優に及んでいます。

 『演藝画報』は"画報"というだけあって、豊富な写真も人気の雑誌でしたが、彼はこの写真のレイアウトにも携わり、舞台写真に関しての知識や眼を肥やしていきます。大正5年には新たに創刊された演芸雑誌『新演芸』に移り、編集主任をつとめグラビア頁のいっそうの充実を図ります。『新演芸』が大正14年で廃刊になると、『演藝画報』に戻り、戦後も第一次『演劇界』(~昭和25年)の写真編集を担当しました。

 大正8年(1919)から11年(1922)にかけては、安部の個人出版で『舞台のおもかげ』というコロタイプ印刷のシリーズ本が出版されました。大きさは20センチ×13センチと小ぶりですが、各俳優の当り芸の扮装写真を年代順に並べ、丁寧な作品解題と役の説明や台詞を入れました。素顔や幼少の頃の写真まで集め伝記も付いた、歌舞伎愛好家にも、各俳優のご贔屓にも親切な本でした。第一集に選ばれたのは『二代目市川左團次』、続いて『十五代目市村羽左衛門』『六代目尾上菊五郎』『初代中村吉右衛門』『五代目中村歌右衛門』『初代中村鴈治郎』『六代目尾上梅幸』『初代實川延若』と8集まで出版されています。

 常から顔なじみで写真にも詳しく、このような実績もあったればこそ九代目團十郎関係者も六代目菊五郎も五代目歌右衛門も、写真集の編集を迷うことなく安部に依頼することが出来たのでしょう。

文・飯塚美砂(財団法人松竹大谷図書館)