名優の写真集・その1 『舞臺之團十郎(ぶたいのだんじゅうろう)』

九代目市川團十郎写真集

編集:伊原敏郎(伊原青々園)、安部豊
発行:『舞臺之團十郎』刊行會
初版:大正12年
改装版:昭和8年

 6回にわたり、財団法人松竹大谷図書館で所蔵する明治~大正期を代表する名優の写真集をご紹介します。

画像左側が本体。右は帙(ちつ)。


 近代の歌舞伎俳優で、まず一番に名前を挙げられるのは「劇聖」と言われた九代目市川團十郎(1838~1903)です。

 天保9年(1838)、七代目團十郎の五男に生まれた九代目團十郎は、養父の六代目河原崎権之助のもとで英才教育を施されました。兄八代目團十郎の早世により明治7年(1874)、市川家に戻り宗家を継ぎ、歌舞伎界を牽引していきます。高い見識をもち、歌舞伎の社会的地位を高める努力を惜しまなかった團十郎は、また文化界との交流も広く、人望を集めました。舞踊の実力、声量と台詞廻しのうまさ...役者としての力量も申し分なかったと言う團十郎の舞台の姿は、彼の死後、その舞台を愛した人々があつい思いを結集して作り上げた立派な写真集に残されています。

 編集にあたった安部豊は4年がかりで、市川家などに残されていた扮装写真を集め、経年による痛みや退色の目立つ写真に数度にわたって修正を施しました。團十郎の勤めた役柄のほぼすべてを網羅したその写真の数は、470余枚に及びます。その一枚一枚に解説をつけたのは演劇研究家、評論家として名高い伊原青々園。本文初頁には九代目の来歴を記す代わりに、浅草にあった九代目の『暫』像の森?外による碑文を載せ、序文は坪内逍遙、題字は西園寺公望と言う、これ以上は望むべくもない超一流の人々の手により大正12年(1923)に刊行されました。

 43センチ×31センチ、137丁という特大版で値段は金三十五円。この頃の歌舞伎座の一般的な興行の一等席が八円八十銭ほど、『値段の風俗史』(昭和62年 朝日新聞社刊)によると高等文官試験に合格した公務員の初任給が七十円ほどでしたので、この写真集がいかに高額なものだったかが分かります。予約者に発送し終えないうちに大震災に被災し、かなりの数を焼失してしまったとのことで、昭和7年(1932)の≪九代目團十郎三十年追遠公演≫を機に、翌8年再版されました。廉価版になったとはいえ、大きさは37センチ×27センチ、値段は十二円でした。

文・飯塚美砂(財団法人松竹大谷図書館)