1944年3月14日に十三代目片岡仁左衛門の三男として生まれる。1949年9月大阪・中座『夏祭浪花鑑』の市松で本名の片岡孝夫で初舞台。1998年1・2月歌舞伎座『吉田屋』の伊左衛門、『助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつざくら)』の助六ほかで十五代目片岡仁左衛門を襲名。すっきりした容姿と爽やかな調子、義太夫で鍛えた発声が観客を魅了する。『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助、『菅原伝授手習鑑』の菅丞相は親子二代にわたっての当たり役。さらに『寺子屋』の松王丸、『熊谷陣屋』の熊谷直実など義太夫狂言の主役はもちろん、『勧進帳』の弁慶といった骨の太い役、さらには『伽羅先代萩』の細川勝元と八汐まで多彩な芸域を持つ。『義経千本桜』「すし屋」のいがみの権太では上方式をベースに仁左衛門型ともいうべき舞台を創り上げた。父・十三代目仁左衛門が旗揚げした「仁左衛門歌舞伎」で演じた『女殺油地獄』の与兵衛は出世芸であり、歌舞伎座さよなら公演でも一世一代として勤め、大好評を博した。日本芸術院会員。