取材・文/大木夏子
撮影/松竹ライツビジネス室
構成/歌舞伎美人編集部

キャンベル:ご襲名、おめでとうございます
菊五郎・菊之助:ありがとうございます。
キャンベル:実はお母様には一度お会いしたことがありまして。8年前、銀座の観世能楽堂の杮落し公演に伺った際、偶然にも隣の席だったんです。すると、開演直前にバッグから素敵な小箱を取り出し、「おひとついかが」とミントタブレットをくださって。それが絶妙なタイミングで、大人とはこういうものだと感じ入りました。
菊五郎:ご縁ですね。一気に親近感が湧きました(笑)。キャンベルさんは日本文化にとてもお詳しいですよね。
キャンベル:専門は江戸から明治初期の日本文学なのですが、歌舞伎など伝統芸能が好きで、よく拝見しています。3月も歌舞伎座の『仮名手本忠臣蔵』で、菊五郎さん(当時 菊之助)の塩冶判官に感動しました。切腹の場面で、由良之助を待つ判官が必死に感情を抑えているのが伝わってきて、見ている私の気持ちがあふれていく感覚がありました。菊五郎さんの舞台はいつも気品があって、きちんとしている印象があります。
菊五郎:父(七代目菊五郎)には「真面目すぎるよ」と言われます(笑)。
キャンベル:でも、世話物をなさるとき勢いがあって、粋ですから。私は昭和60(1985)年に来日して九州大学にいたのですが、平成7(1995)年に東京へ移住しまして。(菊之助さんを見て)だから、お父さんの丑之助時代も観ているんですよ。翌年の五代目菊之助襲名の弁天小僧も拝見しました。
菊之助:わぁ!
キャンベル:娘姿から弁天小僧へ切り替わる鮮やかさや、初々しさが脳裏に焼き付いています。
菊五郎:あのときは弁天小僧と『鏡獅子』の小姓弥生・獅子の精という大役をいただいて、先人たちに近づきたい一心で稽古に励んでいたのですが、なかなか自分が思ったようにはできず……打ちのめされていました。
キャンベル:今回のご襲名では、お二人で弁天小僧をお勤めになりますね。
菊之助:小さい頃からずっと憧れていて、一番演じてみたかったお役なので、弁天小僧ができることは本当にうれしいです。
菊五郎:五代目菊五郎が河竹黙阿弥とともにつくり上げて、六代目、祖父(七代目)梅幸、父と伝わってきた、菊五郎家にとって大切な演目を、場ごとに息子とリレーで勤めていく責任を感じています。
菊之助:「稲瀬川勢揃い」で五人男を勤めるみんな(市川新之助、尾上眞秀、坂東亀三郎、中村梅枝)とは、大きくなってからもずっと一緒に舞台に立っていくので、その最初の一歩として、いいお芝居をつくり上げていきたいと思っています。
菊五郎:私も小さい頃に父の弁天小僧に憧れて、歌舞伎役者を目指したんです。その父が青砥左衛門に出てくれますので、音羽屋三代で、五代目さんに顔向けできるような舞台にしたいですし、何よりお客様に喜んでいただけるように勤めたいです。
キャンベル:江戸から明治の文献を通覧すると、五代目菊五郎という人は大変な名優ですね。その芸が六代目、七代目へと受け継がれています。八代目としてその大名跡を継がれる今、どのような心境でいらっしゃいますか。

菊五郎:歴代の菊五郎の功績に目を向けると、プレッシャーを感じます。でも、今の時代に歌舞伎がどうしたら生きた演劇であり続けるのか、と考えていくと、先人たちの功績も冷静に捉えることができ、「歌舞伎とともに生きる」ということが大事なのではないかと思います。代々の菊五郎もそうやってその時代時代を「生きて」きたのではないかと。
キャンベル:今を生きる歌舞伎俳優として、菊五郎さんは今の時代をどのように見ているのか伺いたくなりました。
菊五郎:ある意味、個の時代だと感じています。世界的に見ても、力の強いものが勝ち残っていくような。でも歌舞伎の古典は、忠義や義理人情、人との繋がりを大事にしていて、人を慮る心を芯に置いています。古典は難しいという先入観があるかもしれませんが、生きやすくなるヒントが沢山詰まっている。今こそぜひ、現代の皆さんに触れていただきたいですね。
キャンベル:忠義ということでは、『勧進帳』はまさにそうですね。團十郎さんの弁慶と菊五郎さんの富樫の心の機微、緊迫感あるやり取りを楽しみにしています。

菊五郎:襲名を機に代々の菊五郎について考える時間が増えたのですが、京都で生まれた初代は二代目團十郎に見出だされて江戸へ渡りました。そういう見出す力、見出される力はこれからの歌舞伎にとって大事なことだと思っています。初代から続く縁を大切にしたいと思い、八代目菊五郎としての最初の演目は團十郎さんとの『勧進帳』を、とお願いしたんです。團十郎さんには「(襲名披露演目の)『道成寺』の前に大丈夫?」と心配されましたが(笑)。
キャンベル:再びの“実は”ですが、私が初めて観た歌舞伎はお祖父様の梅幸さんの『道成寺』だったんです。昭和55(1980)年3月の国立劇場でした。ふっくらとしていて、花子という人物が自ずと立ち上がっていき、周りの景色も見えてくるような。技巧的ではなく、本当に自然に感じられました。
菊五郎:花子そのものが踊っているようで、まさに“娘”なんですよね。今年は祖父の没後30年にあたり、祖父への思いを込めて襲名披露演目に『道成寺』を選びました。私の道成寺物の出発点は、祖父と父との『三人道成寺』(平成4年11月歌舞伎座)なのですが、そのとき、毎日のように祖父がお稽古してくれました。それこそ技巧的なことは言わずに「はい、最初から」「はい、もう一回」と何回も繰り返す。徹底的に体に馴染ませる稽古でした。
キャンベル:(真剣に聞き入る菊之助に)お父様のお稽古はどうですか?
菊之助:花子の心情を先に話してくれて、そこから型を教えてくれます。
菊五郎:菊之助が『盛綱陣屋』の小四郎を勤めた際に、そこに至るまでの小四郎の背景や気持ちを話したら、芝居が生き生きとしたんです。以来、役の心情をまず教えるようにしています。今回は玉三郎のお兄さんが一緒に踊ってくださるので、菊之助にとってかけがえのない経験になると思います。
キャンベル:玉三郎さんと菊五郎さん(当時 菊之助)の『二人道成寺』は、その美しさに感激しました。陰と陽になったり、一体になったり、二人ですが輪舞(ロンド)のような感覚も覚え、素晴らしかったです。
菊五郎:玉三郎のお兄さんは、『道成寺』に対する向き合い方、詞章の捉え方など、丁寧に教えてくださいました。お稽古の初日はもう手一杯で、緊張で具合が悪くなり、翌日は立てなくなるほどで。でも、お兄さんは「あなたは好きに踊りなさい。私が合わせるから。先輩と後輩というのはそういうものなんだよ」と言ってくださったんです。初演を含め5回ご一緒させていただき、だんだんと私が花子として生きられるように、お兄さんが導いてくださいました。
(菊之助に)菊之助もお稽古を一所懸命していけば大丈夫だよ。玉三郎のお兄さんと一緒に、お父さんも、菊之助の呼吸(いき)を感じて、自然と合わせていくから。
菊之助:はい。玉三郎さんという大先輩との『道成寺』で緊張しているのですが、襲名披露で、玉三郎さんと父と一緒に『道成寺』を踊れることはとてもうれしいです。頑張ります!
(6月に続く)
「歌舞伎美人の読者の方へのメッセージ」
菊五郎: 初代が菊五郎を名のって295年、祖父の没後30年、松竹創業130年、いろいろな節目が重なる年に、親子で八代目菊五郎、六代目菊之助を襲名させていただきます。二人とも年男という節目の年でもあり、大きく成長して新たなスタートを切りたいと思っていますので、皆様に劇場で見届けていただけたらうれしいです。古典の魅力をお伝えできるように、精一杯勤めます。
菊之助:5月公演では『道成寺』の白拍子花子、『弁天娘女男白浪』「稲瀬川勢揃い」の弁天小僧、そして6月には『菅原伝授手習鑑』「車引」の梅王丸、『連獅子』狂言師左近後に仔獅子の精という、いずれも大役を勤めます。六代目菊之助の第一歩として一所懸命頑張りますので、5月と6月はどうぞ歌舞伎座に足をお運びください!

おのえきくごろう。音羽屋。昭和52(1977)年生まれ。昭和59(1984)年2月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で初舞台。平成8(1996)年5月歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名。立役では『梅雨小袖昔八丈』の髪結新三など、女方では『加羅先代萩』の政岡など、歌舞伎の古典の名作で高い評価を得る一方、平成17(2005)年7月歌舞伎座『NINAGAWA 十二夜』でシェイクスピア作品に挑み、同作は平成21年(2009)年3月英国バービカンシアターでも上演された。その後も、『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』などの新作にも次々と挑戦。
おのえきくのすけ。音羽屋。平成25(2013)年生まれ。平成28(2016)年5月歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史の名で初お目見得。令和元(2019)年5月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で尾上丑之助を名のり初舞台。近年では、令和5(2023)年11月歌舞伎座『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』の我斗風鬼写・ガネーシャ、令和6(2024)年3月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王一子小太郎、5月歌舞伎座『加羅先代萩』の一子千松など、その活躍はめざましい。
ロバート キャンベル。ニューヨーク市生まれ。日本文学研究者。早稲田大学特命教授。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問。せんだいメディアテーク館長。国文学研究資料館前館長。
近世・近代日本文学が専門で、とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それに繋がる文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。