12月5日(月)に初日を迎える歌舞伎座「十二月大歌舞伎」。11月より続く、「十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」の公演となります。
歌舞伎美人では11月に引き続き、「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」記念企画として、中井美穂さんによる新團十郎インタビューをお届けします。12月の演目や、長女・市川ぼたん、初舞台を踏んだ息子・市川新之助について、思いを語ります。
インタビュー/中井美穂
構成/歌舞伎美人編集部
中井:12月は、勸玄さんが『毛抜』で粂寺弾正役を勤められます。勸玄さんのご成長については、どのように感じてらっしゃいますか。(初舞台が延期となった)2年半という時間は、勸玄さんにとっては、とても大きなものだったと思います。
團十郎:まずは『毛抜』が出来るようになった、ということですね。令和2(2020)年の初舞台でしたら『外郎売』が精一杯でした。ただ、彼の様子を見ていたら『毛抜』が出来るのではないかと思いました。
中井:勸玄さんがやりたいとおっしゃった演目のなかに『毛抜』があったのは驚きだったのではないですか。
團十郎:令和3(2021)年の新橋演舞場「初春海老蔵歌舞伎」の『毛抜』を見ていたことが大きいのだと思います。
中井:粂寺弾正はとてもチャーミングなお役で、観ている側としてもすごく楽しいです。謎解きもあるし、可愛らしい見得もあります。
團十郎:そうですね。ただ、そういった細かい技術は足りない部分もあるかもしれません。ですが、役を経験して10代を迎えるのと、20歳を超えて初めて演じるのとでは、やはり違います。市川新之助の初舞台として拙い部分もあるかとは思いますが、“檜舞台”という言葉があるように、鷹揚の御見物のなかで、皆様の心に深く残るものがございましたならば、大変うれしく思います。
中井:團十郎さんは以前、「彼はスターだから」とおっしゃっていましたが、スターとは何なのでしょうか。
團十郎:やはり“華”ではないでしょうか。世阿弥の「風姿花伝」に、“秘すれば花”という言葉があります。昨今は包み隠さずさらけ出すことが花、という風潮もありますが、それは一時のことであって、本当は秘することに対して花があるのだと思います。伝統文化は、それを理解して、体現して、継承していくということ。そのことを絶えず考えています。
中井:ぼたんさんも、『團十郎娘』の近江のお兼役でご出演されます。
團十郎:やる気満々ですね。
中井:やっぱりそうなんですね。今回、この襲名披露の舞台に立たれるっていうことは、ぼたんさん自身、すごくうれしいことなのではないでしょうか。
團十郎:そうなのだと思います。彼女には彼女なりの葛藤がありますので、私もそれを汲みながら、新之助のことを考え、自分のことをやり、全体を見ながら…ですね。時代とともにさまざまな事柄への考え方が変わってきていますから、ぼたんが歌舞伎の舞台に出るということも、その一つだと思っています。
中井:お話を伺っていると、二律背反といいますか、動いている時代に合わせて絶えず刷新、新しく生み出していかなければいけない、という面と、自らの芸を息子さんやさらに次の世代に渡していく、という古典を守っていく意識と、両方あるように感じました。
團十郎:そのことは、だんだん一つになっていくような気がしているんです。「新しいことをする」ということが、はたして本当に新しいことなのかという問題ですよね。歌舞伎俳優の技術の向上、またお客様の知識や思い、人生経験の豊かさによって、古典が古典のまま、新しいものになっていくのではないでしょうか。今、中井さんがおっしゃったことはそれぞれ繋がっていくものだと思うので、今はやはり急がば回れです。
中井:そうやって考えていくと、私たち観る側には、何が必要だと思いますか。
團十郎:やはり楽しんでいただくことが第一です。SNSなどを使って物事が数秒で解決する今の世の中で、1時間座って物を観るなかで、感じていただける何かがあると思います。
中井:まずは感じる、ということですね。團十郎さんが舞台に出ていらしたとき、肉体から放たれる存在感、その情報量の多さを感じます。それをどうやって身につけてらっしゃるのかが気になっています。
團十郎:そこは親に感謝です。もし少しでも身についているのだとしたら、やはり父と母が自然に身につけさせてくれたのではないでしょうか。
中井:翻ってみると、お父様とはさまざまなご意見を戦わせて、歌舞伎の未来についてお話になっていらしたと思いますけれども、 今考えるとどんな存在ですか。
團十郎:やはり大好きな人です。
中井:勸玄さんがもっていらっしゃる空気感が、お父様と似てるのではないかと思います。
團十郎:似ていますね、おおらかで。勸玄は最近、ずっと父の映像を見ています。彼は自分の祖父である十二代目團十郎に会ったことがありません。そんななかで、周囲からも似ているね、と言われていますので。実は私も同じで、祖父である十一代目團十郎に似ていると言われて育ってきました。そうすると、やはり気になるものです。
中井:そうなのですね。荒事は童の心でやると、お父様がよく仰っていらしたかと思います。團十郎さんはどうお考えですか。
團十郎:例えば『勧進帳』は荒事ですが、荒事だけではない部分があります。また『助六』も荒事の要素と和事の要素がありますので、その使い分けが重要だと思っています。
中井:襲名披露として、12月には『京鹿子娘二人道成寺』で「押戻し」があります。演じるうえでどのような力を出したら、目に見えない部分の気、パワーを出すことができるものなのでしょうか。
團十郎:「押戻し」の大館左馬五郎は、父のようなおおらかさや、大きさを表現する必要があります。父も、同じ大館左馬五郎を勤めていても、海老蔵時代と、團十郎時代、それも前期、中期、後期で違いがありました。同じように私も、私のこれまでの演じ方を求める方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではない世界を考えながら勤めたいと思います。
中井:ありがとうございます。最後に、歌舞伎美人をご覧の皆様へメッセージをお願いできますでしょうか。
團十郎:歌舞伎というのは、同じ時代に生きる役者とお客様が、一つの空間を共有し、皆でつくっていく芸能です。お客様も劇場にいらっしゃいましたら、お客様ご自身も劇場エンターテインメントの一員として、ぜひご参加いただき、楽しんでいただけましたら幸いです。
いちかわだんじゅうろう。成田屋。昭和52(1977)年生まれ。昭和58(1983)年5月歌舞伎座『源氏物語』の春宮で初お目見得。昭和60(1985)年5月歌舞伎座『外郎売』の貴甘坊で七代目市川新之助を名乗り初舞台。平成11(1999)年1月浅草公会堂『勧進帳』で弁慶を初役で勤め、大きな話題となる。平成12(2000)年5月歌舞伎座『源氏物語』では光源氏を勤め、高い評価を得る。平成16(2004)年5月、6月歌舞伎座『暫』の鎌倉権五郎、『勧進帳』の富樫左衛門ほかで十一代目市川海老蔵を襲名。海外公演は、平成16年10月に十一代目市川海老蔵襲名披露をパリ・国立シャイヨー宮劇場で行い、その後も各国で公演。いずれの舞台も大きな話題となっている。平成13(2001)年芸術選奨文部科学大臣新人賞、平成19(2007)年3月フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受賞。
なかいみほ。昭和62(1987)年フジテレビに⼊社。アナウンサーとして活躍し、「プロ野球ニュース」「平成教育委員会」など多くの番組に出演し⼈気をあつめる。平成7(1995)年フジテレビ退社。平成9(1997)年から令和4年(2022年)まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めた。「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)、「スジナシ」(TBS)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専⾨チャンネル)、「アルバレスの空」(ナレーション・BSテレ東)などにレギュラー出演。その他、映画・演劇のコラム、動画配信番組、イベントの司会、クラシックコンサートのナビゲーター、朗読など幅広く活躍している。 平成25(2013)年より読売演劇⼤賞の選考委員、令和2(2020)年6⽉より新国⽴劇場の理事を務めている。