八代目尾上菊五郎襲名披露 六代目尾上菊之助襲名披露興行特別企画 ――ロバート キャンベルさんと語る襲名への歩み 後編 八代目尾上菊五郎襲名披露 六代目尾上菊之助襲名披露興行特別企画 ――ロバート キャンベルさんと語る襲名への歩み 後編

 2025年歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」より幕を開けた「八代目尾上菊五郎襲名披露 六代目尾上菊之助襲名披露」。続いて6月2日(月)より「六月大歌舞伎」公演も始まります。歌舞伎美人では、5月に続き日本文学研究者のロバート キャンベルさんをお迎えして、6月の演目を中心に、新菊五郎、新菊之助が襲名についての思いを明かします。


取材・文/大木夏子
撮影/松竹ライツビジネス室
構成/歌舞伎美人編集部

キャンベル:6月は『菅原伝授手習鑑』から「車引」と「寺子屋」が上演されます。これもまさに忠義とその美しさが、主従や親子、兄弟を通して描かれている作品ですね。

菊五郎:「寺子屋」では小太郎と菅秀才、二人の若い命の尊さをいつも感じます。そして、忠義に生きる親子の絆。現代の感覚ですと、なぜ主君のために子を犠牲にしなければならないのか――という気持ちになりますが、親が子を思い、子が親を思う、その心はいつの時代も変わりません。もしかしたら親以上に子どもは親のことを思っているかもしれない。小太郎は身替りになる覚悟を秘めているような気がします。

キャンベル:同時に、母の千代からはなんとか小太郎を生かしたいという思いがひしひしと伝わってきます。

菊五郎:その母と子の姿も大切なテーマなので、今回は「寺入り」から上演したいと思っています。松王丸は初代菊五郎が得意にしていたお役で、いつまでも晴れない曇り空という心情が表れた音羽屋型の銀鼠の衣裳で勤めます。音羽屋代々への敬意はもちろんですが、松王丸は岳父(二世中村吉右衛門)も大切にしてきたお役ですので。その思いも胸に抱いて勤めたいと思っています。

キャンベル:菊之助さんは、「車引」で梅王丸を勤められます。

菊五郎:梅王丸も岳父が大事にしていた役の一つで、それもあって今回の襲名披露演目にしました。とても素敵な梅王丸でしたので。

菊之助:映像を見ると、すごく迫力があって、梅王丸そのものです。5月は父や祖父七代目菊五郎のような弁天小僧を目指しましたが、6月は祖父吉右衛門のような梅王丸ができるように頑張りたいです。

キャンベル:お稽古は順調に進んでいますか?

菊之助:想像よりもずっと衣裳が重くて、元禄見得や笠を脱いできまるところなど、本当にものすごく足を踏ん張って体が倒れないように維持しないといけなくて、大変です。声も大きく太く出さないといけなくて。この二つの難しさを克服するために、一所懸命お稽古しています。

キャンベル:菊之助さんの梅王丸の第一歩を拝見できることは、とても幸せです。同じ芝居や同じ配役を10年、20年と観続けられることは、歌舞伎の大きな魅力だと思います。俳優さんが成長していく姿を見守れることが第一の楽しみで、もう一つは観客側も人生経験を重ねていくと、同じ芝居でも視点が変わっていくんですよね。特に古典は普遍的な力があるからこそ、自分の人生と重なって変化していくように感じます。

菊五郎:それが古典名作の醍醐味ですよね。だからこそ、若い方に観ていただきたいなと思います。

キャンベル:菊之助さん世代の方も劇場に来てくださるといいですね。

菊之助:はい。歌舞伎を難しいと感じている方も多いと思いますが、襲名披露公演では「時代物」「世話物」「舞踊」と古典の魅力がつまった作品が並びますので、これを機に歌舞伎デビューをしてもらえたらうれしいです。

キャンベル:歌舞伎の魅力の入口が、今回の襲名披露公演には詰まっていますからね。

菊五郎:最近、芝居に生きているときこそ、自分が生きている感じがするんです。嘘がないし、心地がいい。でも、それには型を徹底的に体に染み込ませないといけなくて。型が完璧に身についてこそ、その役を離れて、自分の心情で芝居ができるんです。そうやって役を生きることで、より深く作品の本質に触れられると思います。

キャンベル:胸に響くお話ですね。虚実皮膜(きょじつひまく)という言葉もありますが、芝居には駆け引きはあっても取引はない。俳優さんが役を生きてこそ、古典作品の根底に流れるピュアな心情に触れられていると思います。

菊五郎:古典の素晴らしさゆえに、その壁の高さに打ちのめされることもあるのですが。父(七代目菊五郎)の教え方は「自分で考えろ」だったので、若い頃はなおさらその壁に突き当たっていました。なので、考えることの大切さは身をもって知っています。ただ……私は細かく教えてしまっています(笑)。考える時間は、菊之助がもう少し大人になってからでもいいのかな、と。襲名するにあたって、今は教え込む方向に舵をきろうと決めたんです。キャンベルさんは、学生の方へどんな教え方をされますか?

キャンベル:私もわりと細かく教えてしまいます(笑)。学生たちとの問答を大事に、話を聞きながら伝えていくことを心がけています。その人の潜在的な能力が活かせるように、やりたいことの扉は閉ざさないように、押したり引いたりして併走する感じです。それこそ『連獅子』のお稽古はいかがですか。

菊之助:厳しいです。初演のときは振りを覚えたり、獅子の毛を綺麗に振ることに必死でしたので、今回は心情をちゃんと考えて踊れるようにお稽古しています。仔獅子は成長するために親獅子から谷底に突き落とされます。そういう心情を考えて勤めたいです。

キャンベル:普段もその心情を想像したりしますか? 夕飯を食べながら、ふと思ったり。

菊之助:それはないです(笑)。

菊五郎:ゲームをしているときは?

菊之助:(にっこり笑って)ないです!

キャンベル:でも『連獅子』は、襲名に相応しい演目ですね。ヨーロッパでは職人の徒弟制度はありますが、歌舞伎のような襲名制度は世界でも珍しいと思います。

菊五郎:襲名は、名前や芸とともに「心」を受け継いでいくものだと思っています。父に憧れてこの世界に入り、その背中をずっと追い続けてきました。舞台で疲れていても、夜中まで眼鏡をかけながら台本を直していた姿も目に焼きついています。父はよく「それじゃあ、自分ばっかりだろ」という言い方をするんです。役を演じるうえで、独りよがりになってはだめ。お客様に喜んでいただくことが何よりも大事。その心を菊之助にも受け継いでもらえるように努めていきたいです。

キャンベル:たとえば、「スクラップアンドビルド」という、前の時代を否定することで新しい時代をつくっていくという考えがあります。でも、歌舞伎をはじめ日本文化は、古いものを大切にしつつ時代に合わせて変化しながら継承していく螺旋階段のようなイメージがあります。それは、世界に誇る文化だと思っています。

菊五郎:伝統と革新ですね。守るために変化していく。そのために、古典とともに新作にも取り組んでいきたいですし、家の芸である「新古演劇十種」を現代に通じるように復活していきたいです。代々の芸を継承して、発展させ、古典の素晴らしさ、歌舞伎の魅力を世界にも広く伝えていきたいと思っています。

菊之助:二人の祖父や父の心を受け継ぎ、精一杯努力して、名前に負けない役者になります!

「鼎談を終えて――ロバート キャンベル」
お二人の襲名にあたってお話を伺えたこと、感謝しています。特等席でした(笑)。
菊五郎さんの真摯な姿勢、綺麗な言葉は、菊之助さんにすでに受け継がれていますね。菊五郎さんからはお父様としての温かさとともに、菊之助さんを一人の俳優として見守る眼差しがありました。親子がお互いをリスペクトし合っている空気感も美しかったです。
歌舞伎は難しそうと躊躇されている方がいたら、最初は理解しようとしなくても、「六月大歌舞伎」は名作がそろっていますので、まずはお風呂に浸かるような気持ちで味わってみてください。
スポーツ選手がよく「ゾーンに入る」と表現しますが、私は歌舞伎を観ていてその感覚になることがあるんです。想像力が活性化されて、いろいろな景色が見えてくる。歌舞伎は想像させる芸術。自分の世界が豊かになる魅力……というより、魔力があると感じています。

おのえきくごろう(八代目)。音羽屋。昭和52(1977)年生まれ。昭和59(1984)年2月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で初舞台。平成8(1996)年5月歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名。立役では『梅雨小袖昔八丈』の髪結新三など、女方では『加羅先代萩』の政岡など、歌舞伎の古典の名作で高い評価を得る一方、平成17(2005)年7月歌舞伎座『NINAGAWA 十二夜』でシェイクスピア作品に挑み、同作は平成21年(2009)年3月英国バービカンシアターでも上演された。その後も、『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』などの新作にも次々と挑戦。

おのえきくのすけ。音羽屋。平成25(2013)年生まれ。平成28(2016)年5月歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史の名で初お目見得。令和元(2019)年5月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で尾上丑之助を名のり初舞台。近年では、令和5(2023)年11月歌舞伎座『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』の我斗風鬼写・ガネーシャ、令和6(2024)年3月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王一子小太郎、5月歌舞伎座『加羅先代萩』の一子千松など、その活躍はめざましい。

ロバート キャンベル。ニューヨーク市生まれ。日本文学研究者。早稲田大学特命教授。早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)顧問。せんだいメディアテーク館長。国文学研究資料館前館長。
近世・近代日本文学が専門で、とくに19世紀(江戸後期~明治前半)の漢文学と、それに繋がる文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。

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