歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



芸道:四世時蔵ゆかりの鏡台を受け継いで

梅枝さんの部屋に飾られている、三世中村時蔵(左)、四世中村時蔵(右)の写真。2008年に「三代目時蔵五十回忌追善」が行われた際に額装されたもの。

何人もの名優が愛用し、現在は梅枝さんが使われている鏡台。ご自分の手元に来るまでは、来歴はご存知なかったという。向かって左には、祖父・四世時蔵の写真が飾られている。

高価なもののため、父・時蔵丈に立て替えてもらう形で購入し、毎月返済されているそうだ。インタビューに答えながら、手早く小鼓を組み立ててくださった。

 若さに満ちた女方や凛々しい若衆など要の役どころで、年間10~11ヵ月も舞台に出演している梅枝さん。2009年に舞踊の名作『藤娘』を本興行で初めて勤められたことも記憶に新しいですが、最近では9月南座の『義経千本桜 すし屋』のお里、10月御園座『旭輝黄金鯱』の国姫、11月新橋演舞場『天衣紛上野初花 河内山と直侍』の腰元 浪路などを好演。今月(12月)は日生劇場で『摂州合邦辻』の俊徳丸を演じています。舞台が続く日々のなかで、どう歌舞伎に向き合い、何を感じているのでしょうか。
 まずは「芸に向かうひたむきな横顔」を探る手がかりとして、歌舞伎に関する大切な品を見せていただきました。



―大きくて運べないとのことで、こちらの肖像写真は撮影してきていただきましたが、どなたでしょうか。
曾祖父の三世中村時蔵、祖父の四世中村時蔵の写真で、自分の部屋に飾っています。直接お会いしたことはありませんが、わずかに残された映像を見るとすごくきれいで、とても惹きつけられます。僕がめざしているのは、父、そしてそこから遡るご先祖さまですが、自分もそういう役者になりたいと思っています。

―こちらの楽屋でお使いの鏡台は、ずいぶん使い込まれたもののようですね。
この鏡台は、うちの祖父(四世時蔵)が梅枝から芝雀に名前が変わったとき(昭和28年)に作ったものだそうです(※)。その後、うちの父、錦之助の叔父さん(二代目中村錦之助)へと受け継がれ、2年前くらいに僕の手元にやってきました。 ずっと小さい鏡台を使っていて、大人用の大きな鏡台がほしいと思っていたので、由緒あるこの鏡台を使わせていただくことになりすごくうれしいです。古くて少し傷みもあったので、鏡台屋さんに出して漆を塗り直してもらいました。これからも大切に使っていきたいと思っています。

―鏡台にも古い写真を飾られているんですね。
祖父の四世時蔵(二世梅枝)の写真です。同年代の人たちが鏡台に古い写真を立てているのを見て、僕も飾りたいと思うようになりました。家には写真がたくさんあったのですが、中村梅枝とサインが入っていますし、古風な雰囲気があってきれいだったのでこれを選びました。昔の女方さんは、どれだけ現代的美人に見えても古風なところが絶対にありますよね。僕も歌舞伎らしい古風な雰囲気が出るように心がけたいと思っています。

―こちらの美しい蒔絵の小鼓は?
師匠である田中傳左衛門さんが気にかけて探してくださり手に入った鼓です。鼓を打ってよい音が出ると、気持ちがいいですね。稽古を重ねて、この鼓が秘めている音を響かせられるようにしたいです。

―歴史のある品に囲まれて芸を磨かれているのですね。最近は、舞台の出演機会も多いので、ご自分の力を舞台で試すことができますね。
毎日舞台に立たせていただくことで、以前は気づかなかったことに気づけるようにもなってきました。僕は音羽屋のおじさん(尾上菊五郎)の舞台にご一緒させていただくことが多いのですが、音羽屋のおじさんは基本的に、ああしろこうしろとはおっしゃいません。でも、おじさんの息を感じ取って、何を求めているのかを自分でつかまなければならないのだと思います。まだなんとなくしかわかりませんが、努力していきたいと思っています。

※四世中村時蔵は、三世時蔵の次男。梅枝の名前で初舞台を踏み、芝雀と名を変えた後に四世時蔵を襲名した。

―初舞台の写真もご持参いただき、ありがとうございます。モノクロで趣がありますね。
家のリビングに飾ってあるものを持ってきました。初舞台のときの記憶はほとんどないのですが、ひとつだけはっきりと覚えていることがあります。

この写真は『極付 幡随長兵衛』のなかの二幕目「花川戸長兵衛内の場」の一場面ですが、この後に長兵衛(萬屋錦之介)が死を覚悟して水野の邸へ向かうため、部屋から出ていきます。それを倅(せがれ)の長松を演じる僕が追いかけて「早く帰っておくれよ」と言うんです。このとき大叔父(萬屋錦之介)が僕を抱きしめて上から見下ろすんですが、すごく汗をかいてそれが落ちてくるんです。その汗が印象的で、そこだけしっかり覚えています。

芸の眼差し、遊の素顔

バックナンバー