歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



芸道:長身の名女方・六世尾上梅幸をお手本に

『舞臺のおもかげ 尾上梅幸』(安部豊編/好文社刊)
『女形の芸談』(六代目尾上梅幸著/演劇出版社刊)
「役作りなどで行き詰まったら、お芝居の本を片っ端から読んでいきます。この2冊は特によく読み返していて、普段は自分の部屋に置いてあり、ときどき楽屋へも持っていきます」。『女形の芸談』は「女形の事」「梅の下風」の再録本の新装版。

『舞台かがみ 守田勘彌』(安部豊編/好文社刊)
「この本はリビングの書棚にあったもので、うちのご先祖にあたる十三世守田勘彌の本です。随分傷んでしまっているのですが、父も大切にしている本のようです」

 「立役も好きなんですけど、小さい頃から女方に少し惹かれていました…」と女方への想いを控えめに語る新悟さん。昨年は、女方の大きな役どころである『熊谷陣屋』の藤の方、『俊寛』の千鳥に挑戦する機会に恵まれました。日頃の精進が引き寄せた大切なお役。大きなプレッシャーのなか、ひたむきに演じる姿が印象的でした。
 父は立役を中心に活躍されている坂東彌十郎さん。20歳を過ぎたばかりの新悟さんは、今、どんな風に歌舞伎の道を歩み、何を感じながら過ごされているのでしょうか。まずは「芸に向かうひたむきな横顔」を探る手がかりとして、歌舞伎に関する大切な品を見せていただきました。



― 古そうな本を3冊、お持ちいただきました。そのうち2冊は明治から昭和初期にかけて名女方として活躍された六世尾上梅幸さん(※)の本ですね。
この2冊は僕の「出発点」を作ってくれた大事な本です。僕は子どものころから背が高くて、今では179cmあります。たぶんこれで止まってくれると思いますが(笑)、女方をするにはちょっと高い身長です。
この本の六世梅幸さんも背が高くて苦労された俳優さんだそうです。若いころに悩まれて、お父上の五世尾上菊五郎さんに相談されたそうですが、そのときに「いい役者になれ。そうすればみんな認めてくれる」というようなことを言われたそうです。僕もいろんな先輩から同じように言っていただいています。とてもおこがましいのですが、六世梅幸さんにとても親近感を抱いています。

― 新悟さんより120年も前に生まれた昔の俳優さんですが、いつから六世梅幸さんに関心をもたれるようになったのですか?
僕が子役を卒業して初めてお役をいただいたのは、平成中村座の『文七元結』のお久でした(2003年10月、浅草)。12歳のときです。とても緊張して毎日を過ごしていましたが、中日を過ぎたあるとき、福助のお兄さんが『女形の芸談』(六代目尾上梅幸著/演劇出版社刊)をくださいました。すでに僕は随分背が高くて、長身のお久でした。きっとそのあたりを鑑みて、この本を選んでくださったのだと思います。これをきっかけに昔の名優の本に関心を持つようになりました。

― 小さい新悟さんには、かなり読みづらい本だったのでは。
小学生の僕にとっては難しいものでしたが、だんだん大きくなるにつれて、意味もわかるようになりました。「あの役のあの時は、こうするべきだったんだな」とか読んでいて気づかされることが多く、とても勉強になります。

― 『舞臺のおもかげ 尾上梅幸』(安部豊編/好文社刊)は、写真もたくさん掲載されていますね。
この本は18歳のころに舞台でご一緒させていただいた玉三郎のお兄さんから教えていただいて、古書店へ探しに行って買ったものです。背の高い女方が、どういう風に衣裳を着ているか、衿をどう合わせているかなど、写真を見て勉強しなさいというつもりで教えてくださったのだと思います。

― 皆さんが、六世梅幸さんをお手本にしたらいいよとおっしゃったのですね。
とてもありがたいことです。『舞臺のおもかげ 尾上梅幸』を買ってから数カ月後に、勘三郎のおじさんが僕を楽屋に呼んで「あせらず努力していけば、いい女方になれるから頑張りなさい。先代(六世)の梅幸さんの写真集(『女形寫眞帖』演劇界別冊)も見るといいよ」とおっしゃったんです。まさにそのとき楽屋にこの『舞臺のおもかげ』を持っていて、不思議なご縁を感じました。 身長が高いというのは女方として苦労もありますが、ポジティブに考えると舞台映えするというメリットもあります。僕は全然その域に達していませんが、先輩方にいろいろ教えていただきながら勉強し、これらの本からも吸収して少しずつ前進していきたいと思っています。



※六世尾上梅幸(1870-1934):近代を代表する名女方で、十五世市村羽左衛門の相手役などで活躍した。父は五世尾上菊五郎。
― 4歳での初舞台ですね。印象に残っていることはありますか?
歌舞伎の舞台が大好きで、初舞台も自分から出たいと言ったような気がします。この頃は、太っていますね(笑)。僕は白粉(おしろい)を塗られるのも嫌がらず、楽しそうにしていたそうです。楽屋で暴れたりして、いろんな人に怒られていたようですが、それでも舞台裏で追いかけっこをしたりして、やんちゃをしていました。とにかく楽しくてしょうがなかったという記憶が残っています。

芸の眼差し、遊の素顔

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