歌舞伎文様考

『京鹿子娘道成寺』白拍子花子の衣裳

『菅原伝授手習鑑』「賀の祝」桜丸の衣裳。擦り切れた肩や袖などに別の布を接いで、貧しさを表した肩入(かたいれ)の衣裳。肩入れは落ちぶれた者や浪人などの役柄に用いられる。

『菅原伝授手習鑑』「賀の祝」桜丸。三世歌川豊国画 文久元年 (1861年)。現在の歌舞伎衣裳と、色は異なるが桜の柄の別布を接いだ様は同様。 早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁©The TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.
儚さを愛でる日本人の感受性
歌舞伎は江戸の庶民生活と融合し、四季の移り変わりとともに興行を繰り返してきました。観客は自然のリズムが歌舞伎小屋を支配していることを知り、舞台上に一足早く訪れる春夏秋冬を感じながら、四季の移ろいを確かめたのです。中でも桜の文様はおそらく、歌舞伎で最も多く用いられる文様のひとつでしょう。
古くは古事記や日本書記、万葉集にも登場するその華やぎや艶やかさは、「花」と言えば桜を指すほど日本人に親しまれ、心身に深く染み透っています。
平安時代になると桜花の宴や桜会といった催事が盛んに行われ、衣服や什器にも桜文様は広く使われるようになりますが、本格的に庶民の文様となるのは江戸時代以降のことです。
江戸っ子にとって春の花見は欠かせない行事となり、満開の華やかさと散り際の鮮烈さ、流水に流れる様などが、意匠の限りを尽くし精緻に文様化されるようになります。
歌舞伎の世界で使われている桜で最も艶やかなのは、舞台全景が桜で覆われる『京鹿子娘道成寺』でしょう。枝垂桜文様が大きくあしらわれた白拍子花子の衣裳の地色が、赤、浅葱、藤色などと次々変わる演出で、まるで映画の残像効果のように清姫の亡霊である花子の幽幻なイメージが心に強く残ります。
また桜文様が物語の結末を暗喩する演目もあります。
『菅原伝授手習鑑』の桜丸は、着物や大小の刀にも桜が散りばめられた美しい装束が目を惹きます。この桜丸は主君である斎世親王と菅原道真の養女、苅屋姫との恋を取り持ちますが、駆け落ちが道真の流罪につながってしまった責任を取り切腹する運命を辿ります。自害直前に桜丸が纏うのは、紫地に白抜きの清浄な桜文様の衣裳。ここでの桜は死と結び付き、悲嘆や哀惜の花として儚さや切なさを観る人に訴えます。日本の国花でもある桜、歌舞伎にはそのエッセンスが凝縮しています。
歌舞伎文様考
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