歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



食べ方にまで「粋」にこだわる江戸っ子

 まずは蕎麦猪口(ちょこ)にネギ、おろし、ゴマなどの薬味を入れて…。わさびを猪口に入れてしまってはつゆが濁るからと、蕎麦の上にちょいとのせる。たっぷり汁につけるのは野暮。蕎麦を箸でもちあげたら、下のほうだけ入れて、あとは一息にツツッと音を立ててすすりこむ…。江戸っ子は、蕎麦の食べ方にも粋にこだわりました。「蕎麦をたぐる」なんて、江戸前の言いまわしも洒落ています。

 『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)』、通称『直侍(なおざむらい)』に、主人公の片岡直次郎(直侍)が、蕎麦屋で蕎麦を食べる有名な場面があります。悪事のために人目を忍ぶ直侍ですが、御家人の坊ちゃんで二枚目、チャキチャキの江戸っ子ですから、蕎麦の食べ方が格好いいのです。舞台で役者が本物の蕎麦を粋に食べてみせる演出は、いかにも蕎麦好きの江戸っ子好み。舞台に近い客席には出汁の香りが漂って、無性に蕎麦が食べたくなる人もいるでしょう。

 かたや『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』の「くわんぺら門兵衞と福山のかつぎ(※1)」の場面では、「うどん」が登場します。敵役である髭の意休の子分、くわんぺら門兵衞が自分の頭を割られたと勘違い。頭にかけられたうどんを流血と思い込み大騒ぎをする、あの滑稽なシーンです。「助六」は、京都の遊女、揚巻と大坂の豪商の息子、助六の心中事件が浄瑠璃となり、二代目市川團十郎によって翻案、江戸の物語として歌舞伎に仕立てました。蕎麦ではなくうどんなのは、この物語のモチーフが上方だからでしょうか?

 とはいえ『助六』は「江戸の華」ともいわれる名作。ここはやはり「蕎麦」の方が……。いえいえ、江戸にはうどん屋も数多く、実のところ、蕎麦が登場するよりはるか以前から江戸っ子に親しまれていたのです。そうと知れば、この場面に納得できるというものです。

「白玉」「福山伊の助」「花川戸助六」。『助六廓の花見時(すけろくくるわのはなみどき)』より。歌川国芳画(嘉永3年)。早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁cThe TsubouchiMemorialMuseum,WasedaUniversity, All Rights Reserved.

福山のかつぎ(※1):「福山」は実際にあった、うどん・蕎麦屋の名前で、「かつぎ」は今でいう「出前持ち」のこと。江戸では饂飩(うどん、うんどん)屋で蕎麦を売っていたが、後に饂飩屋は蕎麦屋と呼びかえられるようになった。


歌舞伎「食」のおはなし

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