歌舞伎いろは

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『忠臣蔵』と並ぶ? 人気の獣肉料理

 「五段目を蛇の目で包む麹町」

 この川柳は江戸の繁盛店「山奥屋」を謳ったもの。「山奥屋」は、猪・鹿・兎などの肉を専門に扱う獣肉店と料理店を兼ねた店です。これがなかなかの繁盛店。麹町にあったことから、「麹町といえば山奥屋」といわれるほどでした。では、「五段目」は?
答えは『仮名手本忠臣蔵』の五段目のこと。その心は……。

 殿中で主君が起こした刃傷沙汰と家名断絶から仇討ちへ……、様々な登場人物の運命を飲み込みながら、大きくうねり展開する舞台『仮名手本忠臣蔵』。やんやの喝采を浴びたこの物語は、現代でも変わらぬ人気を誇る演目のひとつです。

 五段目と六段目で描かれているのは、お軽と勘平が身を寄せているお軽の実家である百姓与市兵衛一家の悲劇です。五段目「山崎街道の場」では、猟師となった早野勘平は昔の朋輩、千崎弥五郎に再会して仇討ち資金の調達を約束。その帰り道、勘平は暗闇の山崎街道で、猪と間違えて斧九太夫の息子定九郎を撃ってしまいます。そればかりか仇討ちの資金にしようと懐から五十両を奪うのです。

 実は斧九太夫は忠臣蔵の中では敵役で、家老のひとりでありながら仇へ内通する裏切り者です。そんな斧九太夫に勘当されるほどの「悪」である息子定九郎。持っていた五十両は、お軽の父の与市兵衛を殺して得たものでした。そして、何とそれは勘平を武士に戻すための資金にしようと、与市兵衛が祇園にお軽を売って得た前金だったのです。勘平はそんな不思議な縁を知るよしもなく、暗闇ゆえに殺した相手が定九郎だとも気づきません。さらに後になって、この金がもとで自分が殺したのは養父の与市兵衛であると思いこみ、犯した罪におののきます。

 ふとしたことから起こる錯誤、ついには勘平が切腹に至る運命の皮肉に観客が涙を絞ったお軽と勘平の物語。山崎街道の場で猪が出てくるところから、「五段目」は猪肉を指している、というわけです。ちなみに冒頭で挙げた川柳の「蛇の目」とは傘紙のことで、当時はそれで肉を包みました。この川柳からは、山奥屋が『忠臣蔵』に掛けて謳われるほどに有名だった、ということが伺えます。

「七役の内 斧定九郎市川團十郎」『仮名手本忠臣蔵五段目』より。初代歌川国貞画(文政2年1819年)。定九郎の拵えは「白塗り、黒紋付に尻っぱしょりをして赤鞘の大小に月代を伸ばした頭」。初代中村仲蔵が考え出し定着した扮装。それまではどてらを着た山賊姿だったという。早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁cThe TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

「早野勘平」。歌川国芳画(弘化4年1847年)。鉄砲を持った猟師の拵えの早野勘平。手に持っているのは火縄で、劇中ではくるくる回しながら、暗闇を照らす役割もする。猪が登場するのはこの場面の前。花道から走り出て舞台上を走り去っていくが、この間は「ひとり」舞台で、かなりの存在感。ちなみに猪の着ぐるみは衣裳ではなく小道具さんの担当。国立国会図書館蔵。無断転載禁


歌舞伎「食」のおはなし

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