歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



『平家女護島 俊寛』平成19年1月歌舞伎座の舞台より。写真中央が俊寛の庵で、黒く見えるのが生昆布

『平家女護島 俊寛』平成19年1月歌舞伎座の舞台より。写真中央が俊寛の庵で、黒く見えるのが生昆布

「俊寛」が暮らす、ひなびた庵の屋根にのっていた生昆布

 劇中で毎回あるいは数回に一度のペースで消費されてしまうもののことを「消え物」といいます。身近なところで、テレビドラマの食事シーンで俳優が飲食するものなどは、まさに「消え物」。「そういえば…」と、歌舞伎の演目の中に俳優が飲食をする場面をいくつか思い浮かべる方もおられることでしょう。主に食べて消えてしまう物を指しますが、ほかにもタバコや「紙」ものなども「消え物」に含まれます。

 本名題『平家女護島』(近松門左衛門作)二段目、通称『俊寛』は、平家打倒を画策したことで平清盛の怒りに触れ、平判官康頼、丹波少将成経とともに鬼界ヶ島に流罪となった俊寛僧都が、曲折の末に一人孤島に取り残される物語です。劇中、伸びた髪とボロボロの着物と共に、孤島に流された俊寛の孤独と貧しさをしみじみと伝えるのが、海辺の庵の佇まい。朽ち果てた小屋の屋根には板きれと、なんと昆布が渡してあるありさまです。

 実はこの昆布、本物が使われることが多いのをご存じですか?2007年1月の歌舞伎座、10月の新橋演舞場、そして最近では今年8月の「亀治郎の会」で上演された際にも、生の昆布が使われていました。昆布は歌舞伎座にほど近い築地市場で、小道具さんが仕入れるそうです。どうりで磯の香りがしそうなほどにリアルなはず。何度か使った昆布は、乾燥でパリパリになってしまう前に交換。まさに「消え物」というわけです。

 さらに、俊寛たちのもとに赦免船が現れるシーンでは、使者である瀬尾太郎兼康がもたらした赦免状に自分だけ名前がないことに絶望した俊寛。「罪も同じ、所も同じ配所なるに」「ない、ないぃー」と悲痛な声を絞り、その赦免状をくしゃくしゃにしてしまいます。この赦免状もまた「消え物」。狂言作者(※1)が手書きで、毎回新しいものを用意しています。

 とはいえ、演劇業界では「消え物は美味しい」と定説のように言われるほど、「消え物」といえば食べ物がやはりポピュラー。歌舞伎の舞台でも、意外に多くの食べるシーンが描かれています。

花川戸の助六 三代目歌川豊国画 安政5年(1858年)。向かって右部には煙管とタバコ盆が、左下には煙草入れが描かれている。国立国会図書館蔵。無断転載禁

狂言作者(※1):公演のための稽古の万端と、上演中の舞台進行の担当など、細部にわたって実務を行う。手紙、小判をはじめとする小道具に文字を書いたり、書き抜き(セリフを抜き書きしたもの)を書いたり、次の興行の台本をまとめたりする。また、舞台の開始、終了ほか、柝(き)を打って舞台の進行を担うのも狂言作者の仕事である。


歌舞伎「食」のおはなし

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