歌舞伎いろは

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忠臣蔵七段目 歌川国清画 安政4年(1857年) 早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁 cThe TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

忠臣蔵七段目(祗園一力の場) 歌川国清画 安政4年(1857年) 早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁
cThe TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

刺身に見立てたのは薄切り羊羹?!

 歌舞伎座10月公演夜の部で上演予定の『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)』通称『直侍』では、主人公の直次郎が蕎麦を食べる場面に「消え物」が登場します。劇場内の食堂でつくられた蕎麦は、熱い「できたて」を舞台に。江戸っ子の粋な食べっぷりを演出する、細やかなはからいです。
※『直侍』の蕎麦の場面は、『歌舞伎「食」のおはなし』の第2回でも紹介しています。

 歌舞伎座8月の納涼歌舞伎・第二部で上演された『つばくろは帰る』で、心優しい大工の棟梁文五郎が、ひょんなことから上方までの道中を共にすることになった少年、安之助にあげたお饅頭も餡(あん)の入った本物です。

 そして、食べ物の「消え物」の代表格は、なんといっても『仮名手本忠臣蔵』七段目「蛸肴(たこざかな)」でしょうか。裏切り者の斧九太夫が、大星由良之助の本心を試そうと、主君・塩冶高貞の逮夜であることを承知の上で、わざとたこの足を勧めます。「手を出して足を頂く蛸肴」の軽口と共に、何事もなかったかのように、精進にふさわしくないたこの刺身を食べる由良之助…。遊興三昧の酔態の内に、仇討ちの本心をチラリと覗かせる由良之助の演技が、この作品の見どころの一つとなっています。

 この名場面で重要な役割を果たすたこの刺身は、薄紅色の羊羹の薄切りが使われることが多く、薄く切るのは刺身に似せるだけでなく、俳優がすぐに食べきれるようにするためだとか。ほかに刺身といえば『髪結新三』富吉町新三内の場も思い出されます。初夏の到来を告げる初鰹を、魚屋が手際よくさばいて季節感を見せますが、このときの鰹の刺身も、もっぱら羊羹が使われるようです。甘い羊羹を刺身に見立てて旨そうに食べるとは、さすが俳優!でも渋いお茶が欲しくならないのかと、余計な心配もしてしまいます。

歌舞伎「食」のおはなし

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