歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


其の一 江戸時代に生まれた食文化

 「明星(金星)が入ると納豆売りがくる」―金星が消えて東の空が明るくなりはじめるころ納豆売りがやってくる。

 江戸時代に作られたこの川柳は、江戸庶民の朝の風景を彷彿とさせます。納豆だけではなく、朝一番に深川で獲ったばかりの貝、野菜や魚、惣菜まで売りにきました。さながら動くスーパーマーケットといったところでしょうか。冷蔵庫がなかった江戸時代、日々の食事に必要なものは、その都度購入して食していたのです。新鮮さにかけては我々の食事に勝るものの、庶民の、毎日三度の食事は実につつましやか。ご飯は朝に炊きます。朝食は、ご飯に味噌汁、漬け物。これに納豆がつけば言うことなし。昼食は、朝炊いた冷やご飯に朝の残りの味噌汁をかけたもの。外で仕事をする職人は弁当持参。ちなみに江戸後期になると、屋台が盛んになり蕎麦や握り寿司、天麩羅といったものを気軽に食していたようです。握り寿司、天麩羅は、今では「お高い」料理になっていますが、もとは屋台から誕生した庶民の食べ物でした。そして夕食は、同じく冷やご飯に焼き魚、野菜の煮物などがつきました。 庶民の食がつつましやかであるのに対して、お金持ちの商人の中には、高級な料理茶屋で本膳料理(日本料理の正式な膳立て)や中国料理などを楽しむ人たちもいました。こんなエピソードがあります。江戸最後最大の燗熟期、文化・文政の頃の話です。

   あるとき美酒美食に倦きた客が数人、八百善(※1)に入って茶漬けを注文した。かれこれ半日も待たされ、出されたのはお茶漬けと春には珍しい瓜と茄子の粕漬を切り混ぜた香の物。たしかにうまい。しかし、勘定を払う段になって驚いた。聞けば一両二分(約15万円)だという。主人が出てきて説明するには、「茶は宇治の玉露、米は越後の一粒選り、中でもお茶に使った水は、わざわざ早飛脚を仕立てて玉川上水の取水口まで水を汲みに行かせたもの」。それを聞いた客は「さすが八百善」と感心して帰っていった。

グルメブームも江戸時代が発祥のようです。
八百善
八百善(※1):江戸随一の料亭で、かみすき橋の更に下流の吉野橋のたもとにありました。宮尾登美子の小説『菊亭八百善の人びと』はこの八百善が舞台となっています。

くらしの今と昔

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