江戸職人(クラフト)手帖

「対決」三世歌川豊国画。問注所という正式な場所の武士の装束の裃。小紋の柄がはっきりと描かれている。
早稲田大学演劇博物館蔵。
無断転載禁(c)The TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.
纏うものだけが知る、こだわりの文様
今月通しで上演されている『伽羅先代萩』は江戸時代の仙台藩伊達家のお家騒動、いわゆる伊達騒動に取材した、奥州足利家の執権仁木弾正(にっきだんじょう)やその妹八汐(やしお)らが、足利家の乗っ取りを企む物語です。
今回は、幼い主を手にかけ家督を奪おうとする仁木弾正が問注所で申し開きをする「対決」の場の衣裳に注目してみます。ずらりと勢揃いする大名が纏うのは裃(かみしも)。武士たちが正式な場に出向く時の正装で、今でいうスーツのようなものと言えるでしょうか。目を凝らすとそれぞれの生地に細かい柄が染め抜かれています。それは離れて見ると無地にしか見えない細かい柄の「小紋」。質素倹約が奨励された時代、一見地味に見せかけながらも、隠れた贅沢として武家の男たちはこの染文様を好みました。
小紋は柄を彫り抜いた型紙の上から糊を置き、鮮やかな地色に細密な文様が浮かび上がる伝統工芸です。その中でも裃として発達した細かい柄の一色染めの小紋は、一般的な小紋とは区別して、現在では「江戸小紋」と呼ばれています。

インタビューを受ける小宮康孝さん。
※以下は小宮さんの作品の江戸小紋の古帛紗を撮影したものです。
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米寿格子 |
菊通し |
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宝亀 |
七福神 |
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さや形 |
麻の葉 |
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日高川 |
静御前 |
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江戸小紋の人間国宝、小宮康孝さんは江戸期につくられた型紙を復刻させ、現代の染色技術を用いて「布地が光を放つ」と言われるほどの仕上がりを完成させました。
「青空の色を表現したい。なんて言ったら恰好いいのかもしれないけどね、江戸小紋の輝きは型紙の図柄を布の上でいかに堅牢に再現するかを追求して生まれたんですよ」
布地を手に取って説明してくださる小宮さんの指がわずかに動くと「一寸四方に千」とも例えられる細かい粒が光を反射し、まさに発光するように見えます。
江戸小紋の命と言えるのが型地紙です。康孝さんは先代が関東大震災と戦災を経て守り抜いた型紙や、収集した古い型紙を新しく彫り直し、3年の歳月をかけ小紋柄の見本帳「小紋百景」を制作しました。
鮮やかな色彩に浮かび上がるモチーフは、器物や縁起物を組み合わせた吉祥文様や季節の花、歌舞伎の演目を題材にしたものなど、日本人が暮らしの中で生み育ててきた美意識の集大成でもあります。
「この小さな粒のひとつひとつが、ぴりっとしているのが江戸小紋ですよ。酔っぱらってるみたいに、ぼやけていちゃあだめ(笑)。腕のいい型彫師が彫った型紙を見るとね、柄がきりっとしていて乱れがないんです。職人の気持ちが柄に出るんです。そういう型がきたら、こっちも同じ気持ちでなくちゃ染められませんよ」
型彫師、生地に染料を浸透させないよう糊を置いていく型付け、微細な粒をひとつひとつ浮き上がらせる染め、それぞれの技術が三位一体となって浮かび上がる江戸小紋のデザインには、袖を通すとキリリと背筋が伸びる緊張感があります。
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