江戸職人(クラフト)手帖
人とデザインの脈流

INAXライブミュージアムの中にある「世界のタイル博物館」。
生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。
5500年前のグラフィックパターン

古代メソポタミア文明を築き上げたといわれるシュメール人は、文字や車輪を発明し我々に多くの「もの」を残してくれました。その一つに、クレイペグ(粘土釘)と呼ばれるやきものの建材があります。クレイペグとはメソポタミアの古代都市ウルクにあった神殿の壁を装飾する目的で壁面の表面仕上げ材として用いられました。この壁はベルリンのペルガモン博物館に移築再生されています(写真1)。円錐形のペグの頭に着色された白(ベージュ)、赤、黒の3色で織り成すジグザグ模様や重ねひし形模様は人類が初めて壁面を装飾したグラフィックパターンということもできます。



この壁面を、2007年世界のタイル博物館に再現しました(写真2)。再現を担当した「ものづくり工房」の職人たちには、ペルガモン博物館に展示されている現物の写真を見せて、5000年前の職人になったつもりで再現してほしいと依頼しました。ところが、その写真に写っていたクレイペグは大きさにバラつきがあり、形状もマチマチでありながら一定の秩序を演出していました。一定の品質を限られた時間で生産する事を叩き込まれてきた日本の職人にとって、大きさがバラつき、形状も歪んだタイルを大量に作ることは逆に難しいらしく、どうしても均質なペグができあがってしまいます。そこで、我々は一般の人たちに応援していただくワークショップを企画し、多くの人たちにクレイペグ作りを手伝ってもらいました(写真3)。子供達が夢中になって作ってくれた数は約5,000本を越え、職人達の作った50,000本に混ぜて壁面装飾に用いました。

円形を用いて描く直線基調のグラフィックパターンにはジグザグ模様と重ねひし形模様が描かれています。整然と流れるチグリス・ユーフラテス両大河の様子を表すジグザグ模様(写真4)には押し寄せる大波を自在に操りたいという願いを込め、段丘状の大地群や整然とした都市を表す重ねひし形模様には長い年月の間にも朽ちていくことのない強固な大地を築きたいという願いを込めたといわれています。このグラフィックパターンを見ていると、洪水や飢饉、外敵の侵入などに脅かされて生活する当時の人々の、神に祈るという切実な思いを込めながら壁を装飾する様子が目に浮かぶようです。適度にバラつきをもった表情を「ゆらぎ」と表すこともありますが、この古代のゆらぎをもったグラフィックパターンを見ると、コンピューターで描かれたグラフィックパターンにはない、それを作成した人たちの思いを感じることができるような気がします。
文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男
江戸職人手帖
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