江戸職人(クラフト)手帖
「極—きわみ」細部に宿る格調
「昔の型紙はね、いろいろなことを教えてくれますよ」
そう語る小宮さんが、江戸時代に彫られた型紙のデザインを見て感じるのは、職人と創造物の間にある「厳しさ」だと言います。
江戸小紋の裃を着用した武士たちは当時、その柄の細かさを競い合ったと言われています。その極限を追い求める美意識の中で生まれたのが、いわゆる『小紋三役』です。
『小紋三役』と呼ばれる「極鮫」「極通し」「極行儀」は、家紋をつければ略礼装として着用することのできる格の高い柄です。この微細な柄を得意としたのが康孝さんの先代にあたる小宮康助さん(1882〜1961 重要無形文化財保持者)です。文様を創り上げる無数の小さな粒は、細かくなればなるほど高い技術が求められます。職人が向き合う厳しさ。それが「極」という言葉に集約されます。

極鮫
「極鮫」は、粒が四分の一の弧を描くように並んだ鮫皮をモチーフとした文様です。1つの粒を6つの粒が囲んでいる、小宮家の「極鮫」。花のようにも、惑星のようにも見える7つの粒が無限に連なり作り出す抽象的なパターンは纏う人の動きに合わせて不規則に光を反射させ、まるで霞が立ち上るかのような美しさを生み出します。

極通し
「極通し」は、粒が上下左右まっすぐに並んだ文様です。単純であるほど型彫師の腕だけでなく、道具の精度までが求められると小宮さんは言います。型を反物に使い糊を置く時に、少しでもよれてしまえば失敗。「極」と名のつく小紋は糊の調合、篦(へら)の持ち方、隅々まで成熟した技がなければ染め上げることができません。

極行儀
粒が斜めに並んだ柄が「極行儀」です。江戸小紋の型紙は縦15ないし20センチ、横40センチほど。それを反物の上で柄がずれないように合わせながら継いで置き、型付けをします。縦横が1粒でも狂うと全体がよれてしまう―。「極行儀」は多くの柄の中でも粒を精密に揃える技術が問われる高度な文様です。
研ぎすまされた技はいかに修練されるのか。小宮さんは、かつて観た歌舞伎の舞台にたとえてお話くださいました。
「恰好だけ、表面的なことを追い求めていても厳しい美しさというものは出てこないんです。どこかに乱れがでてしまうんですよ。それと同じことを歌舞伎座で芝居を観て感じたことがあります。六代目中村歌右衛門さんが『道成寺』を舞うその姿です。踊りはもちろんですが、驚いたのは立ち姿の美しさですよ。ただ、そこにいるだけで凛としてゆるぎがない。観客には計り知れない鍛錬がなければ、あの美しさは出ないと思いました」
誰の目にも美しいものには「厳しさ」が宿る。美しい花を人に見せるには、どっしりとした太い幹―道を極める覚悟と鍛錬がなければ不可能だと小宮さんは言います。
「江戸時代に生きた人は今と違って、その日その日の仕事が大事だったんではないでしょうか。だから職人は細かいものを彫って彫って、命を削っても、いいものを作るという信用を得なければならなかったんです。江戸時代に生まれた文様は私に、職人が一生向き合わなければならない厳しさを教えてくれます」
美は細部に宿る。
次回は江戸庶民が小紋に込めた生活の楽しみを物語る文様と、小宮康孝さんが挑んだ型紙復刻の情熱をご紹介します。

小宮康孝
1925(大正14)年、東京・浅草に生まれる。父の康助も江戸小紋の重要無形文化財。1945年の空襲で小宮家は自宅と工場が全壊し、一時家業を中断。甲府の連隊に入隊した康孝は終戦後に復員し、父とともに1947年に江戸小紋の板場を再建する。以来、色焼けがなく鮮やかな発色を追い求め合成染料の品質を追求。精密な柄と美しい色彩の作品は日本伝統工芸展で数々の受賞に輝く。
1978年、重要無形文化財保持者に認定される。
東京都文化賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬受章など受賞、受章歴多数。
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