芝居の大入りを願う―文字に隠された作者の願い

 たくさんの作品に囲まれた伏木寿亭さんの仕事場には、歌舞伎の劇場さながらの賑やかさが溢れています。電気スタンドが並ぶ机は、寿亭さんのほかにお弟子さんたちが稽古に通って使うスペースです。

 「ここでは筋書用の書を書くほかに、生徒の課題を添削して過ごしています。毎月100枚以上の課題が提出されてきますから、1枚1枚見るだけでもかなり時間がかかるんですよ」

 勘亭流の教室は東京・浅草にあります。現在150名ほどの生徒さんが勘亭流を学んでおり、札幌に住み通信教育で作品を送ってくる方もいるそうです。手本を真似てようやく書けるようになるまで10年はかかるといいます。

 「筋書の番付は文字を書くスペースが決まっていますから、その中に外題をどう収めるかが書き手の工夫のしどころです。例えば5月の歌舞伎座の筋書は、演目の数が多かったので『昼の部』『夜の部』の文字を外題と並べて書かずに上に移しました。これも毎回、演目が出てから考えるわけです」

 小さな違いですが、そう伺って筋書を見てみると確かに毎月ちょっとずつ違いがあります。さらに興行の特色によって、字体にも工夫を加えます。

 「花形歌舞伎のように若い俳優ばかりが揃うときは、勢いがあって伸び伸びとした字にしています。6月の博多座がそうです。中でも『藤娘』は、藤が枝垂れになっている様子を目に浮かべながら書くんです。弟子に、できるだけ芝居を見て感性を磨くように言っています。芝居を観るのが難しいならば本を読んで勉強するのでもいい。自分の中に蓄積された感覚が、いざ紙の上に筆を置くときに大切になってくるんです」

 昔は人に書くところを見られると震えたんだけど…と言いながら、実際に筆を動かしてくださった寿亭さん。その動きはゆっくりと、しかし確実に文字の輪郭を生み出してゆきます。

 「よくビデオで地唄舞の故・武原はんさんの踊りを拝見するのですが、見る度に書と似ているところがあるなあと感じます。武原さんの踊りは、流れるようにゆっくりとした動きなのですが、ああいった動きが実は一番きついんですよね。ゆっくりと手を動かす勘亭流もそう。じわじわと筆をすことで、書き手だけにしかない味わいがでてくるんですよ」

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