左から:隈取の図柄の千代紙、隈取の版木1枚1枚を染め付けたもの、隈取の版木

江戸の道具に生きる、職人の神業

正月二日の夜、「鶴亀」と帆に宝と書いた「七福神の乗合船」の絵を枕の下に敷いて寝ると、「一富士二鷹三なすび」のいずれかの吉夢を見るといわれていました。この二点の版画は江戸時代1658〜1660年に創案され、妻恋稲荷神社の版権を氏子の総意により、ゆしまの小林が、所有することになりました。
※おりがみ会館ホームページより

 

「七福神の乗合船」の版画とその版木

 
 

「鶴亀」の版画とその版木

 江戸千代紙の鮮やかな文様に欠かせない道具に、木を彫って作る「版木(はんもく)」があります。
 今回、特別に江戸時代に作られた貴重な版木を見せていただきました。

 「こちらは『夢枕』と言って、七福神が舟に乗っている絵柄の版木です。『夢枕』を枕元に置いて寝るといい夢が見られるというもので、お正月用に代々作ってきたものです。色ごとに版が分かれていて、重ねていくとぴったりと図柄ができあがる江戸時代の職人の技巧には感心しますよね」

 彫り込まれた型には欠けや減りが全くありません。ひとつひとつの凹凸が凛として力があります。

 「これは桜の木で作られているのですが、タンスに使うような美しい柾目(まさめ)の部分を使っているんですよ。決して表に出ることのない道具にいい素材を使っている。千代紙屋にとって版木はそれだけ大事なものなんです」

 千代紙の文様では人気の高い、歌舞伎の隈取の版木も見せていただきました。『暫』『助六』『鳴神』といった舞台でおなじみの演目の隈取が、一寸の迷いもなくぴしっと彫り込まれています。

 「伝統工芸の世界はどこも同じだと思いますが、技を残していくのに一番大切なのは後継者を育てていくことです。職人さんの高齢化が進んでいて、その人でなければ作れない技術を持った方が次々と引退してしまうのは本当に残念でなりません。千代紙1枚作るのにも、素材となる和紙を漉く職人さんが変わるだけで質感や色ののり方が全く違ってしまいます」


 江戸時代から続く変わらない手法と道具。その伝統をより鮮やかに長く残すための新しい道具。小林さんは「伝統は守るだけではなく、育てるもの」だと言います。時代に合ったものを取り入れることで、庶民の生活を賑やかに彩った江戸のデザインは現代まで生き続けてきたのです。

小宮康孝

小林一夫

1941(昭和16)年、東京・湯島に生まれる。お茶の水・おりがみ会館館長。内閣府認証NPO法人国際おりがみ協会理事長。全国の折り紙教室で指導や講演を行っている。『伝承折り紙帖』(池田書店)、『季節のおりがみ12ヵ月』(講談社)など著書、テレビ出演など多数。おりがみ会館内の教室をはじめ、3階の千代紙の売場のコーナーでも折り紙作品の紹介にあたっている。
お茶の水・おりがみ会館ホームページ:http://www.origamikaikan.co.jp/


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