人とデザインの脈流

INAXライブミュージアムの中にある
「世界のタイル博物館」


 生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
 このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。

古便器から考える日本人の美意識ⅠⅠ 「染付古便器」

染付古便器展示の様子

 今回は窯のある広場資料館2階に展示する染付古便器について紹介します。
 染付古便器とは、明治24年の濃尾大地震直後に瀬戸で作られはじめた藍色の絵付けをした陶磁器製便器のことです。染付とは、白地の素地に呉須(ごす:酸化コバルト)で絵付けし、透明の釉薬をかけ高温焼成する13〜14世紀に中国で生まれた磁器の装飾技法です。この技法は17世紀はじめに大陸から日本の有田に伝わり、江戸時代にはオランダの東インド会社によって長崎の出島から欧州へともたらされました。欧州で「ブルーアンドホワイト」と呼ばれた染付磁器は貴族たちの心を虜にし、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿の磁器の間に代表されるように、多くの宮殿のインテリア装飾として用いられました。

加藤半七の銘のある牡丹図小便器の使用例

 この染付の技術が明治時代の後期になり、瀬戸地方で便器へも展開されたのでした。そして、この西欧人たちの心を虜にした染付便器は、料亭、銀行、会社や邸宅などを訪れる様々な人たちをおもてなしする装置としての役割を演じました。特に個人邸では、自分たちが通常使用するトイレとは別にお客さま専用のトイレが作られ、ここに染付便器が使われることが多かったようです。このため、当時の一流の絵師が描いた便器も多く残されており、製作者の銘の入ったいわばブランド便器といえる高級な染付古便器も登場しました。

 便器に描かれた文様にも特徴があり、唐獅子、鷹、牡丹、富士山、雪持ちの松といった吉祥を表す絵が好んで用いられ、ボカシなどの釉薬技法についても花器や茶器などの伝統の陶磁器とまったく同じ手法が用いられて描かれています。描かれている文様の中で最も多いのは、中国で花の王すなわち「花王」と呼ばれる牡丹であり、アジアを意識して描かれていたという説もあります。

唐獅子図 向高小便器 雪持ちの松図 小判形大便器

 衛生的な白い色の便器が主流の現在、トイレは「ケ(褻)」の空間を代表する場所ですが、吉祥の文様が描かれた染付古便器が使われたトイレは「ハレ(晴れ)」の空間として用いられていたのでしょう。『装飾する魂』の著者 鶴岡真弓さんは『染付古便器の粋-清らかさの考察』の中で、染付古便器の使われたトイレ・厠は応接室であり、「明治以降の近代日本のトイレで人を出迎え鼓舞し、送り出す役目を担っていた」と書いています。先回、谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』に書かれた木製のトイレがいかにも奥ゆかしい日本人の美意識を象徴するとし、今回はハレの空間に用いられた染付古便器を紹介したわけですが、トイレの歴史には、まさに日本の心や歴史が刻まれているといっても過言ではないのかもしれません。

文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男

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