装飾に宿る美意識


 生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
 このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。

室内装飾に描かれたモチーフⅡ(青と白で泡を描く)

写真1 『染付波に鶴図』の波頭と鶴部分

写真2 『染付波に鶴図』向高小便器(INAXライブミュージアム所蔵)

写真3 『大物之浦平家の亡霊』歌川国芳(浦上蒼穹堂蔵)
写真4 『大物之浦平家の亡霊』歌川国芳(浦上蒼穹堂蔵)拡大図
写真5 INAXライブミュージアム『泡と湯気-愉楽の発見』展示の様子

 写真1に示すモチーフは、染付古便器(写真2)に描かれた波に鶴です。真っ白い磁器に青色で描く染付磁器の手法は、江戸時代に中国から日本に伝わり、長崎の出島からオランダへと渡り、欧州中でBlue and Whiteと呼ばれて親しまれてきたやきものの装飾技法です。この白と青のコントラストが世界中の人々を魅了した理由を、『装飾する魂』の著者で美術史学者の鶴岡真由美さんは、空と雲、そして青い海と波の白さに例えて、「人類が生まれてから身近に感じているコントラストであるため」と説明されていました。

 日本では江戸時代後期、有田焼、瀬戸物に代表される青と白のやきものが人々の心を魅了しただけでなく、浮世絵の世界でも青と白のコントラストが新しい世界を生み出したようです。例えば、葛飾北斎が「富嶽三十六景」に描いた波頭の青と白の表現。北斎は輸入顔料である「ベロ藍(プルシアンブルー)」で深い藍色を表現し、形なき泡の表現には呉粉(ごふん)と呼ばれる白の顔料を用いました。このプルシアンブルーを用いた表現は、その後歌川広重や歌川国芳などにも使われるようになったようです。  写真3は、歌舞伎の演目「義経千本桜」でも有名な、源義経が都落ちの際、摂津大物之浦で平家の亡霊に襲われる様子を、歌川国芳が描いた「大物之浦平家の亡霊」です。この錦絵に描かれた波頭の泡には平家の怨霊が描かれており(写真4)、国芳らしい描写を楽しむことができます。

 この錦絵は、現在INAXライブミュージアムで開催中の『泡と湯気-愉楽の発見』と題した展覧会にて展示されています(会期2010/1/16〜6/15)。展覧会では「泡」と「湯気」に焦点をあて、日常生活のなかで目にしたり、触れたり、食べたりしている「泡」や「湯気」を実際に体感していただく空間展示を行っています。ごく当たり前で、しかもはかない存在である「泡」と「湯気」が、私たちの日常を「ゆったり」「うっとり」させ、潤いを与えてくれる。泡の魅力と、その不思議な底力を探る展覧会です(写真5)。

 鴨長明は、「よどみに浮かぶ泡沫(うたかた)は、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし」(方丈記)と、移りゆくもののはかなさを泡(あわ)に例えていますが、陶磁器や錦絵に描かれた泡は、日本を代表する永遠のモチーフではないかと考えています。

文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男


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