染め物職人の心を捉えたエスニックな布

染の里 二葉苑
「江戸小紋」や「江戸更紗」を染め続ける、数少ない工房のひとつ。モダンな外観にも「次代の染め」を志す小林さんの想いが表れているようです。

更紗柄の輪郭の部分の細い線だけを染めた糸目更紗。色彩豊かな江戸更紗の中で、シンプルで粋なデザインはむしろ個性的。

 古来、清流に蛍が飛び交っていた新宿区上落合。明治から大正初期にかけて、染色に欠かせない澄んだ水を求めて、この地に多くの染色職人が移り住んだといいます。妙正寺のほとりに立つ「染の里 二葉苑」さんは、創業1920年の染色工房。その若き4代目、小林元文さんにお話を伺いました。

 「かつて南蛮船で運ばれた更紗は貴重品で、武家や豪商など一部の権力者がたばこ入れや小袱紗、茶席の道具などに仕立てて珍重していました。私の想像ですが、『茶席で珍しい布を見た』などと、染め物職人達の間で噂が噂を呼んだかもしれませんね。エキゾチックな色づかいや染の技法に衝撃を受けた彼らは、なんとか自分たちもその風合いを加工したい、と思ったでしょうね」

 職人魂が揺さぶられたのだ、と小林さん。元々、武士の裃を染めるために発展した江戸小紋を筆頭に、江戸には多くの染め物職人が集まっていました。中でも型紙(和紙)を使うことに長けた江戸小紋の職人は、同じように型(木型)を使う更紗の技法に、ごく自然に触発されたのでしょう。江戸小紋の型紙の技術を駆使することで誕生した江戸更紗。ひとつの模様を通常で30枚ほど、精緻なデザインになれば300枚もの型紙を使って染め上げることで生まれる色彩の奥行きには、独特の味わいがあります。

 「いくらでも華やかにできる技法なのに、江戸更紗は染めの最後に布全体に色をかけるなど、渋い風合いが特徴です。江戸の『粋』とでも言うのでしょうか。でも最近は、色を重ねない糸目(線)だけの糸目更紗も人気があるんですよ。これはお客様の要望で生まれた柄。江戸時代にはなかったデザインです」

 実は小林さんは今、こうした新しい発想の江戸更紗に積極的に取り組み、江戸から続く技を新たなステージに受け継いでゆくチャレンジをしています。

 

 

取材に伺った日に見せていただいた反物の一部。エキゾチックな図柄は、まるで洋服感覚。「『着物の形をしたドレス』として、季節やシーンを問わず楽しめますよ」と小林さん。

小林元文

染の里 二葉苑 代表取締役。1965年生まれ。高校、大学と、英国ケンブリッジに留学。帰国後、旅行会社に就職し、インド、パキスタン、中東などで更紗に出会い、母国、日本の更紗の素晴らしさを再発見し、家業を継ぐことを決意。現在は二葉苑の代表者として「江戸染色工房・再生プロジェクト」に取り組む。 小林さんが身につけているスカーフは江戸更紗。二葉苑さんのオリジナル商品。
染の里 二葉苑 ホームページ:http://www.futaba-en.jp


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