新しい江戸更紗、新しい職人の姿を求めて

これも江戸更紗(上写真2点)。小紋のような柄を組み合わせるなど、既成概念にとらわれない自由なデザインは、どこかモダンでお洒落

ちょうど染色体験の真っ最中。今日の生徒さんは若い男性です。講師の中野史朗さんは35歳の若手職人さん。間近に迫ったパリでの展示会で発表するスカーフのデザインを任されているそうです。

 

「染の里 二葉苑」に併設されたギャラリー&ショップでは、江戸更紗を取り入れた新感覚の小物などの販売も。

 「元々、更紗の図案は花鳥風月を映した物が多く、中でも草花柄が日本ではポピュラーですね。おもしろいのは、更紗に描かれた花は、何の花なのか特定できないこと。友禅などが季節の花を写実するのに対して、更紗は花が紋様化しているのが特徴的ですね」

 この、日本伝統の着物地の概念とは少しく趣を異にする江戸更紗のデザインテイストが、最近では若い方に受け入れられているのだそう。形式にとらわれず、カジュアルなパーティや結婚式で江戸更紗の着物や帯を身につける人も少なくありません。江戸の染め物職人が目を見張った斬新な絵柄は、世紀を超えて、現代の感性にもフレッシュに映っているようです。当然のように職人達も、新しい発想で江戸更紗を継承する道を模索しています。

 「二葉苑では江戸更紗とアクリル素材を組み合わせたアクセサリーや照明器具などインテリアの提案も行っていますし、海外での展示会などでも確かな手応えを感じています。工房では、一般の方を対象にした染色教室や染色体験も開催していて、おかげさまで盛況です」

 展示会向けの商品のデザインはもちろん、染色教室の講師も二葉苑の職人の大切な仕事です。伝統を絶やさないためには、より多くの人に江戸更紗を身近に感じてもらうこと。それが小林さんの信念なのです。また染色教室は、別の効果も生んでいるといいます。

 「実は教室にいらっしゃる生徒さんの作品に、驚かされ影響を受けているんですよ。私たちが思いもつかないような自由な発想に、いつもハッとさせられます」

 この謙虚な学びの姿勢が、江戸更紗の可能性を拓いていくのでしょう。インタビューの最後に、ご自身の仕事を「まだまだ」と評した小林さん。「でも、『まだまだ』と、何百年も前から染め屋は言いつづけているんですよね、きっと(笑)。その想いが脈々と伝わっているんです」と語る小林さんの言葉は、やはり伝統を守る職人のもの。その笑顔に、染め物への深い愛情を見ました。

 

工房で帯の絵柄に色を差す作業をしていた、キャリア6年の岡野睦子さん。

余分な染料を洗い流す作業は、真冬も冷たい水で。「その方が、色が締まるんです」と井上英子さん。

仕上がった反物を巻いていた大野勝さんは、この道半世紀のベテラン職人さん。その大野さんが「古い物があるよ」と染料の調合レシピを見せてくださいました。

すっかり変色してページの角はそっと触れてもやぶけてしまいそうなほどの年季物。びっしりと書き込まれた文字に、大正、昭和と工房を支えた職人達の研鑽が偲ばれます。

江戸職人手帖

バックナンバー