『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』油屋

文様に生命を与えるクラフトマンシップ

 「大道具」と書いて、“ハセガワ”とルビをふってある歌舞伎の本を見たことがあります。このことだけでも、道具方の棟梁・長谷川勘兵衛が、歌舞伎の世界でどんな重要な役割を果たしてきたかがわかります。

 宮大工に起源を持つ歌舞伎の大道具師は、骨組みを創る大工方、布や紙を張る張り方、ツブシやボカシを受け持つ塗り方、細かな仕上げを担当する絵師といった専門に分かれ、長い歴史の中で受け継がれてきたクラフトマンシップが、舞台を創り上げて行きます。

 道具帳が描かれるようになったのは、昭和に入ってからのこと。それまで道具の仕立てや文様の配置、描き方は全て口承によって伝えられていたと言います。

 お話の中で「若い頃からずっと舞台を見続けているから、あの芝居なら御殿の壁にはこの文様、欄間にはこの文様、というのが頭に入っているんですよ」とおっしゃった長谷川さんのお言葉が、深く印象に残りました。シルクロードを経て日本に伝わり、歌舞伎という舞台を得て、きらびやかに開花した大道具の文様ひとつひとつは、長きにわたり、職人たちの中にデーターベースとして、生き続けてきたのです。
 俳優のリクエストに応えるために新たな文様、色彩の組み合わせを生み出し続ける歌舞伎の大道具は、表現者とクラフトマンシップによって、美しくも力強い生命力を宿しています。

伊藤俊治

伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトをおこなう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースもおこなう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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