歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



「母の着付の練習のモデルになった頃は苦しいと思ったけれど、振袖の着付はとても手早くて楽でした。着る人を幸せな気持ちにさせてくれる母の仕事は素晴らしいなぁと、改めて思いました」と菜月さん。

 

プロの着付師として振袖の着付を数多く経験してきた賢子さん。「仕事のときはいつもそうですが、娘の菜月が一番美しく見えるように補整に気を遣いました」。成人した菜月さんの姿に感慨もひとしおです。

 

愛娘に振袖を着付けるという夢をかなえた賢子さんと、愛情とプロ意識をもって着付けてくれた母への尊敬と感謝の想いを新たにした菜月さん。晴れの日の装いが母娘の絆をいっそう深くしてくれました。

 
娘を美しく輝かせる着付を
 中田さんはプロとして仕事をするときも、振袖の着付では、着る方の雰囲気に合うように気を遣います。「成人式は人生の大きな節目。ご本人はもちろんご家族にとっても一生に一度の大切な装いですから、晴れの日を迎えるお嬢様を一番美しく見せてあげたいですね」。

 美しい着付に欠かせないのが補整です。着る人の体型に応じて美しく仕上がるように適切な補整を行っていくのが、着付師の腕の見せどころ。中田さんは菜月さんの背中から腰にかけてくぼんでいることに気づきました。「きものをすっきりと見せ、帯を高い位置に保つためにもこの部分の補整はとても重要です。娘にも丁寧に補整を行いました」。

 前撮り当日のきものでは、胸元は紫の刺繍半衿をたっぷり見せ、金色の重ね衿で華やかさをプラスしました。また、振袖の帯はさまざまな結び方ができる袋帯ですが、菜月さんの場合は、中田さんが自分の振袖に合わせたシルバー地にピンクの羽根の袋帯を着用。昔の帯は最近の帯に比べて少し短くて固いからと、中田さんはここでもひと工夫。「お太鼓は小さめで羽根がいくつもある結び方にし、飾り紐を付けることで若々しさを出しました」。

 椅子の背やタクシーのシートにもたれかかっても楽な姿勢が保て、帯の形がくずれないようにと母親らしい配慮も忘れません。着付師としての経験に母の想いを込めて、菜月さんが一番美しく見える仕上がりになり、とても満足できたそうです。

母のアドバイスで似合う振袖選び
 中田さん自身の振袖は黒地の絞りに孔雀の模様というモダンなもの。最初は娘にもそれを着せたいと望みましたが、菜月さんに黒よりも赤が好きと言われ、なるほどと納得。「母娘でも個性はまったく違いますからね。娘の好みを尊重して、二十歳の娘の若さや個性が生きる、似合う振袖を一緒に選ぼうと思いました」。

 着付師の仕事を通じてたくさんの振袖を見てきた中田さんは、紅型の振袖が個性的で素敵だなと感じていました。そこで中田さん自身が成人式に締めた銀地にピンクの羽根の模様の袋帯を持って、菜月さんと一緒に振袖を探しに行き、菜月さんの希望していた赤を基調とした紅型の振袖を選ぶことができました。「母が紅型や着物の模様について教えてくれて、とても参考になりました」。

受け継がれる、きものへの想い
 振袖の前撮りではタクシーに乗って移動したため、乗り物に乗るときのポイントも中田さんが菜月さんにアドバイス。「両方の振りを片手で前に持って、座席にはお尻から座ること、ヘアスタイルがくずれないように少し前かがみになってなどと、細かく教えてもらって安心でした」。

 振袖を着るまではきものに対して特別な想いはなかった菜月さんですが、母と一緒に振袖を選び、母に着付けてもらうという経験を通じて、きものに興味がわいてきたそうです。「母の洋服姿よりきもの姿のほうが好き。妹も早く振袖が着たいと言っていました。いつか家族全員そろって母に着付けてもらって出かけられたら素敵ですよね」

長沼静きもの学院

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