歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



①羽二重で頭をくるみ、鬢付け油を顔にムラなく塗ります。これをきっちり塗っておかないと、白粉もムラになってしまうので肝心なポイント。②次は白粉(おしろい)。荒獅子男之助では砥の粉(とのこ)が入った赤みの強いもので、刷毛で顔全体に塗った後、スポンジで叩いて肌になじませます。③顔を描いていきます。

 

④荒獅子男之助は隈を取る役。「隈取」にもいろいろありますが、男之助は怒りをあらわにする役なので、そのさまを筋肉や血管を強調する「筋隈」で表します。⑤紅で書いた線を指でぼかし、力強く大きく見せます。獅一さんの表情が一変しました。

 

化粧ができ上がったところで、「隈取はしていますが、女方もやってみましょう」と獅童さんに言われ、そのままの姿でよよよと走ってみせる獅一さん。立役に戻ると走り方の違いは歴然。

 

①②隈取の化粧もきまって、「床下」の一場では「きりきり消えてなくなれぇ」で「萬屋!」の声もかかり、鼠こそいませんでしたが、びしっときまって大拍手。③歌舞伎の重要な効果音、附打さんも参加。獅一さんの動きに合わせ、女方にはやわらかくパタパタパタ…、男之助のときには威勢よくバッタリ! 化粧や衣裳と同じく、歌舞伎を支える一つの名人芸が披露されました。

 
役をつくる化粧
 参加者が今か今かと待ち受ける会場に現れた獅童さんは、爽やかなベージュの羽織袴姿で登場。テンポよく繰り広げられたトークでは、参加者との軽妙なやりとりもあり、獅童さんのペースで会場の緊張も一気にほぐれました。それから、弟子の獅一さんの化粧の実演に合わせて、獅童さんの歌舞伎のお話がスタート。

 「これから獅一がするのは、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の<床下>という場面に登場する荒獅子男之助の化粧です。彼はこの役は演じたことがありませんから、化粧をするのも初めてです」と紹介されて獅一さんは、「はい、化粧だけでも男之助をさせていただけるのはとても光栄です」。すぐに真剣な顔で化粧が始まりました。

 下地づくりから丁寧に、無駄な動きもなく手を動かす獅一さん。「最初につけるのは鬢付け油ですが、眉の上にも塗ります。役に合わせるため、“眉をつぶす”のです」「塗った白粉はスポンジでたたきます。ムラができないように上からたたくのがコツです」「隈取の紅は家によって違いあり、代々、受継がれていきます」「鼻の周りにも紅を入れて大きく見せます。これを“鼻を割る”といいます」…、獅童さんのわかりやすい解説に、皆さんうなずきながら聞き入っています。

 化粧ができ上がったところで、獅童さんから、「じゃ、女方の動きを見ていただこうか」と言われ、隈取をした勇壮な顔の獅一さんが、ツケに合わせてか弱く小走りし、ふと手拭いを落としてしまうしなを実演。可愛らしいのですが、顔とのあまりのギャップに場内には笑い声が。「面白いでしょう。ちゃんと女方の動きをしているんですが、男の格好でやるとこんなことになるわけです。化粧や着ているものの威力はすごいってことですね」。

 というところで、次は男之助のせりふをとうとうと会場に響き渡らせた獅一さん。化粧の力をいかんなく見せつけ、眼光鋭くにらみをきかせたところで会場から大きな拍手が起こりました。

一つの役に大勢の力が結集する
 今回、衣裳をつける実演はありませんでしたが、普段、楽屋では、「衣裳は専門のスタッフと弟子の見事な連係プレイで着付けていただいています。着付の仕方は役によって大きく変わります。同じ浴衣でも、きっちり着るのか、だらしなく着るのかで、その人物が違って見えてきますから。また、女方を演じるときは――最近は演じていませんが、僕も昔はやっていたんですよ――男性の身体が女性に見えるようにしなければなりませんから、衣裳の力、着付け方による効果なくしてはうまくいきません」。

 演目によっては早替りもありますが…。「最短で5秒で衣裳替えしたことがあります。もちろん、一人では無理、というより、自分は何もしないんです。自動車レースで車がピットインすると、メカニックの人たちがわっと寄ってきてタイヤを交換し、バイザーを拭きということをするでしょう。あれと同じです」。

 「決められた位置に僕が着いたら、衣裳さんや弟子たちが数人がかりで全部やってくれる。僕はじっとしているだけです。下手に手を出したり、動いたりすることはかえって邪魔になるんです。これは、皆さんはなかなか経験できないことですね。やってみたいですか? いや、とても大変ですから、やめておいたほうがいいと思いますよ(笑)」。

長沼静きもの学院

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