シネマ歌舞伎~わが心の歌舞伎座~ シネマ歌舞伎~わが心の歌舞伎座~

 映画館で気軽に歌舞伎をお楽しみいただける「シネマ歌舞伎」。“高性能カメラで撮影した歌舞伎の舞台公演を、美しい映像とこだわり抜いた音響で堪能する新しい観劇体験”である「シネマ歌舞伎」では、歌舞伎と映像制作の技術を積み重ねてきた松竹ならではの映像作品を生み出してきました(「シネマ歌舞伎」~初めての鑑賞ガイド~はこちら)。そのなかから、毎月いずれかをピックアップして上映する《月イチ歌舞伎》では、過去の名舞台や話題作を取りそろえ、大スクリーンで臨場感ある舞台が楽しめる、多彩なプログラムを用意しています。

 《月イチ歌舞伎》2023の冒頭を飾るのは、平成23(2011)年に公開された『わが心の歌舞伎座』。舞台映像を収めた他のシネマ歌舞伎作品とは異なり、建て替えによる第四期歌舞伎座の閉場が決まってからその幕を下ろすまでを追ったドキュメンタリー作品です。ちょうど現在の第五期歌舞伎座が新開場してから、10年の節目を迎える今年。今回は、その内容をひも解くとともに、《月イチ歌舞伎》2023の上映ラインナップをご案内。ぜひ、この1年のお楽しみを見つけてみてはいかがでしょうか。



 現在、歌舞伎の殿堂として多くのお客様をお迎えしている歌舞伎座は、実は五代目の建物で、開場してから今年で10年を迎えます。前身の第四期歌舞伎座は、実に約60年もの間、たくさんの歌舞伎俳優とともに、多くの舞台をお届けしました。 
 『わが心の歌舞伎座』は、平成21(2009)年1月から平成22(2010)年4月に閉場式を迎えるまでの16カ月間に上演された「歌舞伎座さよなら公演」を中心に、出演した名優たちの思いや、稽古風景、舞台の制作現場、懐かしの物故俳優の思い出を交えながら、歌舞伎の真髄に迫ったドキュメンタリーです。
 今では見ることができない第四期歌舞伎座とその舞台を彩った人々の、貴重な映像が盛りだくさん。ここではそのみどころや注目ポイントをご紹介します。




hououmaruその1:当時の歌舞伎座の雰囲気を味わうhououmaru

 昭和26(1951)年に開場し、戦後の復興の象徴ともなった第四期の歌舞伎座。長年にわたり歌舞伎の発展を支え続けた、この劇場の在りし日の様子を伝える写真や映像が、格調ある音楽そして倍賞千恵子の穏やかなナレーションとともに紡がれます。建物の外観・内観はもちろん、奈落やとんぼ道場など裏側のさまざまな光景、そして開演前のロビーや客席を満たす高揚感、楽屋の廊下を掃く箒の音や流し場の水音、どこからか聞こえる三味線の音…と、歌舞伎座の日々の営みの様子を、余すところなく丁寧に収めた映像からは、まるで当時の匂いや温度までもが感じられるようです。
 また歌舞伎座で行われる年中行事の様子や、劇場の最後を締めくくった修祓式と閉場式、そして最終日のカウントダウンなど、第四期歌舞伎座が閉場を迎える過程を追った映像は、歴史的な記録としても貴重です。


クリックで拡大してご覧いただけます


hououmaruその2:貴重な俳優インタビューや舞台映像hououmaru

  本作では、名優たちが歌舞伎座での思い出や、歌舞伎そのもの、先輩や後輩たちへの思い、演じること、役への心がまえなど、さまざまに語ります。ときに涙を浮かべ、ときに笑顔で無邪気に語るその温かい声を聞いていると、まるで素顔の俳優たちが目の前で、自分に語りかけてくれているかのような心地になります。
 また、お宝映像ともいえる貴重な舞台映像には、簡単な作品解説のナレーションも付き、各作品のあらすじを知ることができるなど、歌舞伎を観たことがない方にもわかりやすい工夫が。さらに稽古の様子や、公演の前に配役を発表する顔寄せ手打式、楽屋での俳優たちの姿も垣間見ることができます。物故俳優の往時の元気な姿や、今も活躍する俳優たちの十数年前の姿も、ファンにとっては見逃せないポイントです。

《登場する俳優(五十音順)》

十二世市川團十郎
尾上菊五郎
片岡仁左衛門
四世坂田藤十郎
十八世中村勘三郎
二世中村吉右衛門
七世中村芝翫
五世中村富十郎
中村梅玉
坂東玉三郎
松本白鸚(当時 幸四郎)

11人の語り手ほか、歌舞伎俳優総出演

《登場する演目(五十音順)》

『一谷嫩軍記 熊谷陣屋』
『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』
『祝初春式三番叟』
『浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森』
『女殺油地獄』
『海神別荘』
『仮名手本忠臣蔵 三段目 四段目』
『勧進帳』
『祇園祭礼信仰記 金閣寺』
『黒塚』
『恋飛脚大和往来 封印切』
『暫』
『春興鏡獅子』
『新皿屋舗月雨暈 魚屋宗五郎』
『心中天網島 河庄』
『菅原伝授手習鑑 寺子屋』
『菅原伝授手習鑑 道明寺』
『助六由縁江戸桜』
『曽根崎心中』

『種蒔三番叟』
『壇浦兜軍記 阿古屋』
『天守物語』
『野田版 鼠小僧』
『慙紅葉汗顔見勢 伊達の十役』
『英執着獅子』
『藤娘』
『平家女護島 俊寛』
『弁天娘女男白浪』
『本朝廿四孝 十種香』
『文珠菩薩花石橋 石橋』
『雪傾城』
『雪暮夜入谷畦道 直侍』
『義経千本桜 川連法眼館 蔵王堂花矢倉』
『義経千本桜 大物浦』
『頼朝の死』

※演目名はDVDリーフレットより


クリックで拡大してご覧いただけます


hououmaruその3:歌舞伎製作の裏側をのぞくhououmaru

 歌舞伎の舞台をつくり上げている、たくさんの人々の様子が生き生きと記録されているのも、『わが心の歌舞伎』のみどころの一つです。
 客席からは決して見ることができない、歌舞伎座の舞台裏にある衣裳部屋や床山部屋、小道具部屋での作業の様子や、口番や頭取、狂言作者の日々の業務、舞台上で描き上げる大道具制作の様子など、歌舞伎座の舞台のために誇りをもって働く人々の姿が映し出されます。そこには、かつて同じように歌舞伎の舞台を支えてきた数えきれない先人たちの痕跡も感じることができるでしょう。
 また、まるで自身が歌舞伎座の裏側に潜入したかのような貴重なアングルもたくさん!大画面で、歌舞伎製作の裏側を心ゆくまでのぞき見ることができます。


クリックで拡大してご覧いただけます


hououmaruその4:監督インタビューから知る制作秘話hououmaru

 『わが心の歌舞伎座』を手がけた十河壯吉監督は、昭和19(1944)年徳島に生まれ、ドキュメンタリーを中心に幅広いジャンルの番組を手がけています。ルーカスフィルムやスティーブン・スピルバーグのドキュメンタリーなどを制作し、「鼓童meets玉三郎」などで舞台映像も収めました。
 歌舞伎俳優が総出演し、歌舞伎座のすべてを捉えた、史上初のドキュメンタリー映画『わが心の歌舞伎座』を、十河監督はどのようにして生み出したのか。平成23年の公開直前に行われたインタビューをもとに、改めてその思いをひも解きます。

―撮影時を振り返って、印象に残っていることなどをお聞かせください。

 すべてが印象に残っています。今回、歌舞伎座という特別な場所での撮影でしたので、今まで経験した事のない多くの難題をクリアしなくてはなりませんでした。
 この世界独特のルールや常識があり初めは戸惑いましたが、松竹演劇部のスタッフの皆さんに導いていただきながら、無事乗り越えることが出来ました。
 特に俳優の皆さんには連日の公演で大変お疲れのなか、本当に快く撮影に協力して下さいました。この事が一番うれしく、大きな事でした。みなさんの歌舞伎座への思いが、ひしひしと伝わって来ました。
 すべての撮影は公演中に行われました。とにかく公演中の舞台に迷惑をかけたくなかったので、今までで一番神経を使いました。限られた時間と場所、思い通りに撮れるはずはありません。
 何日も通い劇場の隅々まで見て感じたのは、この風景は長い営みのなかででき上がってきたもので、俳優や裏方さんたちの思いがいっぱいしみ込んでいるのだということです。
 ある日(片岡)仁左衛門さんが「ちょっと、これ見てよ」と見せてくれたのが楽屋の磨り減った敷居でした。
 一体、何人の俳優さんたちがこの楽屋を使ったのだろうか。歌舞伎座には至る所にそんな歴史が刻まれていました。柱や床の傷にも全て人の営みが感じられる。そこには歌舞伎座で働く人々の想いがしみ込んでいました。
 歌舞伎座の中の人間の匂いのする風景に触れて、それが温かさだったり、俳優さんをほっとさせたりするものだったり…。そんなものも撮れればいいなと思っていました。

―歌舞伎を観たことがない方に向けて、監督は何を訴えたいですか。

 常に言っていたのが「これは理解する映画ではない。感じる映画なんだ」ということ。もし歌舞伎の知識がほしいなら、書籍でもなんでもたくさんあるからそっちで勉強してください。歌舞伎座という器のなかで俳優さんや裏方さんが仕事をしている姿を通して「歌舞伎の世界ってこういうものなのか」と感じとってもらえればうれしいです。
 歌舞伎は素晴らしい日本の財産ですから、歌舞伎を観たことがない方でも十分感じられます。歌舞伎には驚くほど色々な知恵がつまっていて、創造力もあり、とても斬新です。
 国際化された今、日本人として歌舞伎について知るチャンスにこの映画がなればいいとも思っています。
 歌舞伎は敷居が高いと言われがちですが、この映画が敷居をまたぐきっかけになって、「歌舞伎の世界って面白いな、日本に生まれて良かったな」と感じていただければ、と思っています。

東劇のロビーでは、こちらの立体看板がお出迎えします。ご来場の際はぜひ記念写真を!

 インタビューのすべてはこちらでご覧いただけます。

 監督の思いを知ることで、よりいっそう映画が楽しめること間違いなし。ご鑑賞の前に読むもよし、ご鑑賞後に読むもよし…お好きなタイミングでぜひご覧ください。



 劇場の隅々に宿る、お客様、俳優、そして舞台を支える人々の、息遣いや日々の祈りにも似た思いがあふれる『わが心の歌舞伎座』。歌舞伎座新開場10周年の今こそ観ていただきたい作品です。一度ご覧になった方も、今、改めて観ることで、初公開時とはまた違う思いがこみ上げてくるのではないでしょうか。
 400年以上にわたり歌舞伎が積み重ねてきた時間のひとひらを刻んだこの映像のなかに、なぜ歌舞伎が人をこれほどひきつけるのか、その答えがあるのかもしれません。劇場は新しくなっても、受け継がれていく芸と精神を感じさせるこの映画を、ぜひ大スクリーンでご覧ください。

 さらに、5月~7月は、第四期歌舞伎座の舞台で上演された作品を月イチ歌舞伎で上演します。詳しいラインナップは次ページへ!

 ◎「歌舞伎座さよなら公演」で上演された舞台を、ご自宅でじっくりお楽しみいただけるDVDもございます。詳細はこちらをご覧ください。

写真:岡本隆史(立体看板は除く)