歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



白狐の血を引く晴明を稲荷大神の御分霊として祀る晴明神社。

時を超え人々を見守る、大いなるものを身近に感じる。

 月と人とのかかわりは古い。その美しさに心を慰められただけでなく、人々はその神秘的な力に畏敬の念も抱いていた。月の朔望、つまり月の運行と太陽の運行を基に作られた旧暦は明治維新まで日本の標準的な暦であったし、天体の大いなる力で厄災を避け都を守る陰陽道も、公家社会を中心に非常に古くから重んじられてきた。

 近年、映画や小説、漫画などに描かれ注目を浴びた安倍晴明は、この陰陽道を修めた天文陰陽博士。舞踊「保名」や歌舞伎「葛の葉」に関連の深い人物で、保名がかつて助けた白狐と、それと知らずに恋に落ち、もうけた子どもがのちの晴明である。彼を祀った晴明神社は、晴明が住まいをおいて都の平安を守っていた北西(鬼門)に位置し、現在も都に入り込もうとする魔を防ぎ続けているのだとか。

 また大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)は、平安京造営の際に、都を厄災から守るためにと、御所の北西に建てられたもの。大将軍とは陰陽道の星神天大将軍で、方位をつかさどる神だ。この神社の方徳殿には、神々の像がそれぞれの守る方位の位置に展示されている。立体曼荼羅ともいうべきその中に立つと、時を越えて人々を見守ってきた天体の神秘的な力を感じずにはいられない。

 現代でも地鎮祭を行うように、昔は新しいことを始める際には必ずといっていいほど、人々は神に祈りをささげ、その加護を祈った。市比賣神社(いちひめじんじゃ)は京都の左右市場の守護神として建てられた神社だが、お祀りしているのがすべて女神様というところから女人守護の神社としてもあがめられている。この境内にある「天の真名井」という井戸の水は、古来皇室に誕生した皇子皇女の産湯に使われてきたが、最近では「一願成就の井戸」と呼ばれお願い参りの女性に人気。また子どもの健やかな成長を願う「お食べ初め」の発祥もここだと言われている。

 時を経ても変わらない、大いなるものへの畏怖の念が、この京都ではまだ日常の中に息づいている。歴史は本の中のことではなく、今・こことつながっていると実感できる街、それが京都なのかもしれない。

葛の葉狐 三代目歌川豊国画(文久元年 1861年 国立国会図書館蔵。無断転載禁)。子ども(晴明)をあやしながら、葛の葉狐が別れの歌を障子に書く「曲書き」の場面。
晴明神社の印・五芒星の入った晴明井戸。大将軍八神社の印は六芒星。同じ陰陽道で何故違う? 名水がそこここに湧く京都。それぞれの御利益は?そうした疑問を、京都の歴史と文化のエキスパートが解説。

京都案内人

土居好江さん
京都の暮らしまわりの文化遺産や、人と自然が響きあう京の心を伝承し、その知恵と歴史を見直す「遊悠舎京すずめ」理事長。京都文化観光研究所所長、NHK京都文化センター講師、京都市市政改革懇談会委員他。

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