深掘り!松竹大谷図書館 深掘り!松竹大谷図書館

 「極々大新板忠しん蔵七段目切くみとう篭画(ごくごくだいしんぱんちゅうしんぐらしちだんめきりくみとうろうえ(『仮名手本忠臣蔵』)
 歌舞伎三大名作の一つ、『仮名手本忠臣蔵』のなかでも華やかで人気の高い七段目の「祇園一力茶屋の場」では、京都祇園の茶屋を舞台に、ドラマチックな物語が展開されます。
 主君の仇討ちの大願を隠すため、祇園で遊興に耽っている大星由良之助のもとに届いたのは、顔世御前からの密書。それを遊女のお軽に読まれたことに気付いた由良之助は、お軽を身請けすると言って去りますが、お軽の兄の寺岡平右衛門は由良之助の真意を悟り…。

▲平右衛門(左)と由良之助(中央)、仲居(右) 
▲塩冶浪士たち

 組上燈籠では、由良之助が祇園で目隠しをして遊びに興じている様子と、塩冶浪士の千崎弥五郎、竹森喜多八、矢間重太郎の三人が一力茶屋を訪れる場面が描かれています。
 向かって左に、由良之助に仇討ちの心があるのか、その真意を聞きに来た三人の姿が見えますが、中央にいる酔いの回った由良之助はまともに相手にならない様子。憤る弥五郎たちを、由良之助の前にいる平右衛門が押しとどめますが、実はこれも敵を油断させるための、由良之助の作戦でした。三人の侍の緊迫感ともに、華やかな祇園の雰囲気も感じられる作品です。

2022年9月 歌舞伎座
「秀山祭九月大歌舞伎」


『仮名手本忠臣蔵』「祇園一力茶屋の場」

第三部で上演中です。公演情報詳細はこちら


「新工風四ツ谷怪談丁ちんぬけ(しんくふうよつやかいだんちょうちんぬけ)」 (『東海道四谷怪談』)
 四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』は、実際の事件を基に『仮名手本忠臣蔵』の外伝として描かれた日本の怪談の名作です。
 自分の父親を殺害した本人とは知らず、仇討ちを託すため、塩冶家の浪人である民谷伊右衛門の妻となったお岩。産後の肥立ちが悪いお岩が、隣家の伊藤家から贈られた薬を感謝しながら飲むと、実はそれは毒薬。伊右衛門の裏切りにより亡霊となったお岩が伊右衛門を追いかけ、背筋の凍るような場面が展開されます。
 組上燈籠絵では、「蛇山庵室の場」での、幽霊となったお岩が提灯から現れる「提灯ちょうちん抜けぬけ」の演出が巧みな仕掛けで作れるように描かれています。

(※音が出ますのでご注意ください)

 この組上燈籠の仕掛けの様子は、ぜひ動画でご覧ください。①の絵で、伊右衛門が提灯に近づいている場面から、②では提灯に重ねたパーツを折り返すと提灯が燃え上がり、裏側に取り付けた円形のパーツを回転させると、背景を切り抜いた部分に、火の玉とともに提灯を破ったお岩が現れます。伊右衛門もまた、取り付けられたパーツを上下させることで、動きが出る仕組みになっています。立体になる組上燈籠とはまた趣が異なり、仕掛け絵本のような面白さを感じることができる作品です。


 「極しん板切組とうろう芝居役者部屋のず(きわめしんぱんきりくみとうろうしばいやくしゃべやのず)」  
 江戸時代には歌舞伎役者の楽屋での姿を描いた役者絵、いわゆる楽屋図が人気を博し、多くの浮世絵が残されています。組上燈籠絵でも、当時から観客の興味の対象であったであろう、楽屋の様子を垣間見ることができます。この作品では当時の役者部屋のなかにいる、立物(者)、役者、狂言方、芸者、床山の様子が描かれています。

 中央の一座の幹部俳優である立物(者)は、向かって左から二人目の芸者と、何やら話しているのでしょうか。立物(者)の鏡台には化粧道具がつるされている様子が見られます。また向かって右から三人目、床山が、鬘を整える様子も丁寧に描かれています。

 一番右に描かれている、柝を持つのは狂言方。大道具、小道具など舞台装置の点検をはじめ、舞台上のあらゆるものに目を配り、裏方の責任をもち舞台を取り仕切る職種です。舞台では、幕の開閉や道具の転換時に柝を打って舞台を進行していました。そのすぐそばには、役者が描かれています。左奥ののれんからは役者の部屋をのぞく人々も見え、活気あふれる楽屋の様子がうかがえます。

▲立物(者)(左)と床山(右)

「組上付属おはやし(くみあげふぞくおはやし)」
 明治27(1894)年に出版されたこの組上燈籠絵には、歌舞伎役者とともに歌舞伎の舞台を支える重要な面々の仕事の様子が生き生きと描かれています。自ら切り貼りして配置することで、それぞれの役割を理解することにもつながります。

 上手(舞台向かって右側)には、2階の「床」と呼ばれるところに義太夫節(竹本)の太夫と三味線がいます。また、俳優が見得をするとき(決め姿の瞬間)や、重要人物が登場する足音、物が落ちたときなどのアクセントを「ツケ」を打って表現する、「ツケ打ち」の姿も。

 舞台上には二人の男性。一人は三味線を手に台に足をかけています。これは「大薩摩節」と呼ばれる江戸で生まれた浄瑠璃の特殊演奏の様子で、現在は歌舞伎十八番での出語り、また作品により、浅葱幕前で演奏される場合があります。歌と三味線の演奏者が一人ずつ出て、三味線方は合引とよばれる舞台用具に右足を乗せ、それぞれ立って演奏するものです。

 同じく舞台上と思われる場所には、黒衣を身にまとった「後見」の姿も。後見は俳優の影のように動き、演技が滞りなく進むよう補助する役です。例えば、小道具の受け渡しや、衣裳を替える手伝い、差金の操作などを行います。

▲大薩摩節(中央)と床、ツケ打ち(右)
▲後見(右)
▲狂言方(左)とおはやし連(中央)

 もう一人、ツケ打ちとは別に柝を打っているのが、先ほど「極しん板切組とうろう芝居役者部屋のず」にも登場した  「狂言方」です。その後ろ、下手には「おはやし連」の面々が。特に下手の黒御簾の中で演奏されるお芝居のBGMや効果音を「黒御簾音楽」といい、長唄とお囃子の人々が担当しています。太鼓や締太鼓、笛や小鼓、本釣鐘など、さまざまな楽器が描かれており、これらは現在の歌舞伎の舞台でも使われています。

 ここまでご覧いただいたように、これまでも松竹大谷図書館では、組上燈籠絵のデジタルアーカイブ化を始めさまざまなクラウドファンディングのプロジェクトを企画し、支援を募ってきました。第11弾となる今年のプロジェクトは、「蘇る六代目の舞台、小津安二郎『鏡獅子』を次世代へ。」です。

 記録映画『鏡獅子』は、六代目尾上菊五郎が、踊りの名手として高い評価を得た舞踊『春興鏡獅子』を舞い、世界的な映画監督・小津安二郎が撮影した、貴重な映像資料の一つ。
 長期保存の間に空気中の水分や熱によってフィルムのベース素材が化学反応を起こして酢酸化してしまう、ビネガーシンドロームと呼ばれる劣化が起きてしまったフィルムは、一刻も早い修復とデジタル化が必要です。このたびのプロジェクトでは、令和5(2023)年の小津安二郎生誕120年に向け、小津監督の唯一の記録映画であり、初めてのトーキー映画でもある『鏡獅子』の松竹大谷図書館所蔵フィルムを4Kデジタル修復し、映像と音声を美しくよみがえらせる取り組みとなります。

ビネガーシンドロームによる劣化が進行した『鏡獅子』35mmフィルム
六世尾上菊五郎 映画『鏡獅子』

 江戸の人たちが楽しんでいた組上燈籠絵の世界、いかがでしたでしょうか。過去の資料を、現代でも体験できる文化として残していく松竹大谷図書館の取り組みはこれからも続きます。歌舞伎の楽しみを深める出会いがある松竹大谷図書館と、そのデータベースを、ぜひご活用ください。