歌舞伎座で楽しむ地口行灯 歌舞伎座で楽しむ地口行灯

 毎年2月に歌舞伎座を彩る、地口(じぐち)行灯(あんどん)。2024年2月2日(金)から始まる「猿若祭二月大歌舞伎」でも、数々の地口行灯をお楽しみいただけます。歌舞伎座や東銀座に足をお運びの際には、ぜひお気に入りの地口行灯を見つけてみてはいかがでしょうか。

地口行灯とは?なぜ2月に歌舞伎座で飾られているの?

 地口とは、駄洒落の一種で、ことわざや有名な成句を、発音の似た言葉に置き換えて楽しむ言葉遊びのこと。この地口を絵に添えた、絵地口を描いた行灯のことを、地口行灯と呼び、江戸時代より、稲荷神社の「初午」(2月の最初の午の日)の祭礼に合わせて飾る慣習がありました。

 歌舞伎座正面右側には「歌舞伎稲荷神社」があります。毎年2月の「初午」か「二の午」(2回目の午の日)には、鉄砲(てっぽう)()稲荷(いなり)神社*の宮司により1年の無事を祈願するお祓いを行う、「初午(はつうま)(さい)」または「()(うま)(さい)」が執り行われています。その「初午祭」、「二の午祭」にちなんで、2月興行で地口行灯を飾っているのです

*歌舞伎座からほど近い、中央区湊に位置する神社。毎月の興行の初日には「初日奉告祭」、千穐楽には「千穐楽奉告祭」を行い、舞台で宙乗りがある際には「舞台修祓式(しゅばつしき)」も行うなど、歌舞伎座と所縁の深い神社です。

歌舞伎にちなんだ地口行灯

 歌舞伎座では、「飛んでゆにいる夏の武士」(元句:飛んで火にいる夏の虫)をはじめとした、有名な言葉で遊んだ地口行灯のほかに、歌舞伎の演目、登場人物やせりふをなぞらえた地口などもご覧いただけます。元句が何かを考えながら見るのも、一つのお楽しみ。こちらではその一部をご紹介します。

「そまの鏡台」
元句:曽我の兄弟

※二人の兄弟が父の仇である工藤祐経を討った仇討物・「曽我物語」の、曽我十郎祐成(そがのじゅうろうすけなり)と五郎時致(ごろうときちか)の兄弟のこと

「馬の五郎時致」
元句:曽我五郎時致

「べんけいはだかの本とう」
元句:弁慶安宅の問答

『勧進帳』にも登場する、安宅の関守・富樫左衛門が、義経主従を先達する弁慶に問いかけた問答のこと

「反物五反のきれ」
元句:『楼門五三桐』

※石川五右衛門が登場する歌舞伎の演目の名前、『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』

「こものもろのう」
元句:高師直

『仮名手本忠臣蔵』の登場人物、高師直(こうのもろのう)。こも(菰)はまこもや藁を粗く編んだむしろのことで、菰樽や米俵などにも使われます。高師直の衣裳の袖の部分がこもになっており、家紋が「※(米印)」に

「日記かんじょう」
元句:仁木弾正

『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の登場人物、仁木弾正(にっきだんじょう)

歌舞伎稲荷神社のなかに飾られる特別な行灯

 絵を主に地口をのせた地口行灯のほかに、歌舞伎稲荷神社には、毎年2月興行で上演中の演目を狐が演じている絵が描かれた、大きな行灯が飾られます。ここでは、第五期歌舞伎座が開場した平成25(2013)年以降の行灯を一挙にご紹介します。

 稲荷神社で狐は神の遣いとされ、毎年職人さんが丁寧に描いてくださる行灯では、衣裳の細かな柄にもこだわりがあり、狐たちも楽し気な様子。地口行灯と大きな行灯は楽屋にも飾られ、一カ月間の興行を明るく盛り上げます。

※2019年、2021年、2024年の画像以外はすべて、行灯の製作を行う「みす平總卸店」提供

2014年

「二月花形歌舞伎」夜の部 通し狂言『青砥稿花紅彩画』「白浪五人男」
衣裳の柄や、白塗りの有無まで、まさに白浪五人“狐”!

2015年

「二月大歌舞伎」夜の部『神田祭』
獅子舞を披露する鳶と、芸者の様子が描かれています

2016年

「二月大歌舞伎」昼の部 通し狂言『新書太閤記』
明智光秀、羽柴秀吉、織田信長の三人の武将の姿になった狐たちが描かれています

2017年

「猿若祭二月大歌舞伎」夜の部『門出二人桃太郎』
中村勘太郎、中村長三郎の初舞台。2匹の子狐(桃太郎)が、犬、猿、雉を従えています

2018年

「二月大歌舞伎」夜の部『壽三代歌舞伎賑』
親子孫の狐たちが、高麗屋三代・松本白鸚、松本幸四郎、市川染五郎さながらの襲名披露口上を行っています

2019年

「二月大歌舞伎」夜の部『名月八幡祭』
祭の前祝いの酒を飲んでいる魚惣と女房お竹の宅に、商いで立ち寄った縮屋の新助が、心を寄せる芸者・美代吉の後ろ姿を見送っている様子を模しています

2020年

「二月大歌舞伎」昼の部『菅原伝授手習鑑』「道明寺」
菅丞相と娘の苅屋姫の別れの名場面が描かれています

2021年

「二月大歌舞伎」夜の部『連獅子』
獅子の毛の流れの細かい様子も繊細に描かれています。ほかのいくつかの絵同様、狐の着物の柄に火焔宝珠文様*のようなデザインがあしらわれています
*狐火と密接に結びついた文様で、『義経千本桜』狐忠信の衣裳にも描かれています

2022年

「二月大歌舞伎」第二部『義経千本桜』「渡海屋・大物浦」
大物浦で碇を担いで入水する知盛の壮絶な最期が描かれています

2023年

「二月大歌舞伎」第一部『三人吉三巴白浪』
3匹の狐が、和尚吉三、お坊吉三、お嬢吉三の出会いの場面を表現しています

2024年


今年の歌舞伎稲荷神社に飾られているのは…

「猿若祭二月大歌舞伎」昼の部『籠釣瓶花街酔醒』
八ツ橋と次郎左衛門の吉原での劇的な出会いの場面を表現しています
26日(月)の千穐楽まで歌舞伎稲荷神社で飾られていますので、ご観劇の際に、またお近くをお通りの際には、ぜひ間近で色彩豊かな絵をお楽しみください!

 今回は、2月の風物詩ともいえる、歌舞伎座の地口行灯をご紹介しました。今では「初午祭」「二の午祭」に合わせて地口行灯を飾る劇場は少ないですが、江戸時代は、歌舞伎座だけでなく、他の芝居小屋でも地口行灯が飾られていたそうです。毎年、歌舞伎稲荷神社に飾られる行灯にどの演目を選ぶかは劇場側が決め、舞台写真を見ながら職人さんが製作。飾りつけは休館日の1日を使って、歌舞伎座の配線等全般を請け負うヒビノライティングさんが行います。

 公演が終わると、行灯たちは大切に劇場で保管され、また来年のお披露目を待ちます。
 江戸時代では常識だったことわざや成句も、少しずつなじみが薄くなっている今日この頃。楽しく学びながら、歌舞伎の知識試しにもうってつけです!ご観劇の際はもちろん、木挽町広場の飾りつけはどなたでもお楽しみいただけますので、お近くにいらっしゃる際はぜひ足をお運びのうえ、地口行灯のユーモアをお楽しみください。

地下2階木挽町広場
1階木挽町売店
3階のれん街

【参考文献】
『地口行灯の世界 特別展図録』 足立区教育委員会文化課/編, 足立区立郷土博物館/編  足立区教育委員会文化課 2005.9
『図説ことばあそび遊辞苑』 荻生 待也/編著  遊子館 2007.10
『江戸っ子語絵解き辞典』(遊子館歴史図像シリーズ 4) 笹間 良彦/著画, 瓜坊 進/増補改訂・口絵著  遊子館 2010.10
雑誌『人形玩具研究』 25号(2014年) 日本人形玩具学会