「名所江戸百景 王子装束えの木大晦日の狐火」
歌川広重画。国立国会図書館所蔵。
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日本人の自然信仰と炎の関係

 火焔文様とは別に火焔宝珠文様と呼ばれる文様があります。炎が燃え上がる形のついた玉の文様です。この玉は宝珠といい、俗に火玉と呼ばれることもあります。宝珠は重要な宝物で、神社に奉納され、祈ると欲しいものを望むまま出せるとされ“如意宝珠”という言葉も生まれました。宝珠の上と左右から炎が燃え上がる様を文様化した火焔宝珠文様は、狐火と密接に結びついています。
 狐火とは日本全土に伝わる火玉のことです。冬の真夜中、提灯のような火玉が点滅しつつ、時には列をなして現れるといいます。その名の通り、狐と関係し、狐の吐く息の光であるとか、尾を打ちあわせ火を起こす様だとかいわれます。

  狐火を描いた有名な絵に歌川広重の「名所江戸百景 王子装束えの木大晦日の狐火」があります。大晦日の深夜、狐火の名所として知られる王子稲荷の周辺、静まりかえった畑のなかの大榎の根元に頭上に狐火を灯した狐の群れが集まるという幻想的な光景を描いたものです。王子稲荷は稲荷神の頭領で、関八州の狐が毎年、大晦日の夜に参詣にやってきて、大榎の下で装束を改めるといいます。絵には狐が口から炎を吐きだし、たくさんの狐火を灯す様が描かれています。その狐火の多少で農民たちは翌年の作物の吉凶を占いました。
 現在、歌舞伎の衣裳や大道具にあしらわれる火焔宝珠文様には、土を耕し自然の恵みと寄り添って暮らしてきた日本人の祈りが込められているのです。



歌舞伎文様考

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