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仁左衛門が文化功労者に選出

仁左衛門が文化功労者に選出

 10月26日(金)、平成30年度文化功労者として、片岡仁左衛門が選出されたことが、文部科学省より発表されました。

歌舞伎のために頑張れ

 「文化功労者という栄誉に浴しまして、本当に身の引き締まる思いでございます」と、真剣な面持ちで会見の席に着いた仁左衛門。昭和24(1949)年の初舞台から来年で70年を迎えますが、「ただただ、歌舞伎が好き。歌舞伎の魅力から離れられなかった」と振り返りました。

 

 孝夫の名で活躍していたさなか、病で1年間、舞台を離れざるをえなかった時期を乗り越え、見事に舞台復帰。「おこがましい言い方ですけど、神様が、歌舞伎のために頑張れ、とおっしゃってくださったんだと思いました」。舞台復帰の4年後、平成10(1998)年に仁左衛門の名跡を襲名、3年前の同27(2015)年には重要無形文化財保持者の各個認定(人間国宝)に。たゆまぬ努力が今回は文化功労者の形で認められました。

 

 「毎月、歌舞伎座で歌舞伎が開く。今は歌舞伎の公演回数は非常に多い。でも、今がいいからと安心してはいけないという気持ちがいっぱいなんです」。70年、歌舞伎の世界に身を置いてきた仁左衛門の言葉には、さまざまな思いがこもります。「やはり、歌舞伎の精神、先輩たちの心。今は周りの環境の変化が著しいけれど、若い人たちには、もっと歌舞伎の真髄を極めながら攻めてほしい」と、言葉に力を込めました。

 

偉大な先人に対する敬意

 「その役になって、その人物にならないと、お芝居は面白くならないと思います。人物を演じるのではなく、人物になろうとすることが大事」。初めは嫌いだと思っていた役も、「舞台に立つと好きになってしまう」との言葉からは、歌舞伎にとり組む真摯な姿勢がうかがえます。「役になりきってとは言いますけど、あくまでも台本にのっとって。その表現は役者によって違います。ストーリーと役者の組み合わせの豊富さが、歌舞伎の楽しみの豊かさ」。

 

 父、十三世仁左衛門も人間国宝で文化功労者でした。肩書としては同じになりましたが、「追いついたなんてとんでもない。とにかく昔の方々はすごい。写真や映像を見てもすごいです。どうしてあのラインに行けないんだろう」と、悔しさをにじませます。だからこそ、「全力で先輩、父、父よりもさらに先輩から教えていただいたところを、後世に伝えなくてはなければいけない。そのためには私自身が勉強しなくてはいけない。そういう気持ちで歩んできました」。

 

流れに逆らわず流れを生かす

 文化功労者となったからといって何も変わることなく、「古典物の掘り下げ、演技法の掘り下げをしていく。掘り下げることで芝居の新しい魅力を、歌舞伎をご存じない方々に伝えたい。その努力をするのが一番。ですから、死ぬまで修業」。常に挑戦の姿勢を崩さず、どの役にも命がけで臨むという仁左衛門は、自分の言葉「不逆流生」を引いて、これまでもこれからも、流れに逆らうことなく流れに乗り、その流れを生かしていくと、穏やかな笑みをたたえました。

 

仁左衛門が文化功労者に選出

 そして、自分が「お預かりした」仁左衛門の名を「次の世代の人たちから、継ぎたいなと思われるような役者でいたい」と矜持を持ち、今まで演じてきた当り役についても、「自分としての甘えもあるんですが、この程度ならお見せしても恥ずかしくないと思える段階で辞めたい。惜しいなと思われる間に辞めたい、と思うんです」と、自分の美学を語りました。

 

歌舞伎は先輩からの大事な遺産

 10月の公演では歌舞伎座で20年ぶりに『助六』に出演、いつものように先輩や自分のビデオを見直している最中、十一世團十郎の助六を見ているところで今回の一報を受け、「すぐにお仏壇に行って父、母、そしてご先祖に報告しました」。

 

 会見のこの日、中学生のときに父からもらったという腕時計に手をやり、「父と一緒にいるような…」と、思いを馳せて目を細めた仁左衛門。尊敬する父、先輩の贈り物はそれだけではありません。「歌舞伎は先輩からの大事な遺産。それこそ自分の中の宝」ときっぱり語りました。

2018年10月26日

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