歌舞伎の演じ手である歌舞伎俳優たちに、一問一答でインタビュー。今回は、歌舞伎座「七月大歌舞伎」夜の部『御浜御殿綱豊卿』に出演する、片岡仁左衛門さんに一問一答です。役のこと、演目にまつわる思い出、歌舞伎への思いまで、さまざまな質問にお答えいただきました。
文・構成/小玉祥子、インタビュー撮影/松竹ライツビジネス室

――真山青果作の新歌舞伎の傑作、「元禄忠臣蔵」の中でも人気の高い「御浜御殿綱豊卿」。主人公の徳川綱豊卿は繰り返し演じていらっしゃる当り役です。
名作中の名作です。私の初演は前進座さんの創立50周年記念公演にゲスト出演した昭和55(1980)年12月の歌舞伎座でしたから、ずいぶん長い間やらせていただいています。『元禄忠臣蔵』全編のなかで、赤穂浪士ではない綱豊の視点から事件への思いをとり上げているのが面白いし、富森助右衛門との葛藤がたくみに描かれていてやりがいがあります。
――綱豊のどこに魅力を感じられますか。
赤穂浪士に愛情を持ち、上から目線でありながらも対等に考えるところです。原作はもっと長く、このせりふも言いたい、この気持ちも訴えたいというところがたくさん出てきますが、それではお客様がどこまで受け取ってくださるかがわかりません。そこで青果先生のお嬢さんの美保先生が演出を担当されているころから自分なりにアレンジし、自由にやらせていただいています。初演では無我夢中でした。私のお手本は子どものころから拝見していた、朗々としたせりふが印象に残る市川寿海のおじさんです。その跡を追いかけているうちに、次第に自分で自由に役をつくれるようになってきました。

――助右衛門とのせめぎ合いがみどころの一つです。
助右衛門に「次期将軍になることを望んでいるので、世をあざむいてつくり阿呆の真似をしているのか」と指摘されればね。将軍の綱吉に本心を知られないように、わざと遊蕩にふける綱豊としては急所を突かれたわけで、穏やかではいられません。幸四郎君の助右衛門とも回を重ね、彼もなかなか素敵なので楽しみにしています。実は助右衛門も大好きな役です。一度演じたことがあり、もう一回勤めたいと思いますが、体力的に少し難しくなってきました(笑)。
――側室のお喜世、師と仰ぐ新井勘解由(白石)、そして助右衛門。対峙する相手によって綱豊の構えが変わります。
白石との対面ではお喜世たちを下がらせて人目を避けて赤穂浪士についての意見を聞く。でありながら、大名と儒者である師との立場の違いも出てきます。決して意識して変えているわけではありませんが、人物になりきれば、動きやせりふも自然と変わります。演じるにあたっては毎回、台本を読み込み、せりふを口に出してみる。その時の気持ちで、それまでとは違ういい方になることもしばし出てきます。毎日、新鮮な気持ちで勤めることが大事です。
――今回の綱豊は尾上松也さんとのダブルキャストです。後進に指導される機会も多いかと存じます。どんなことを伝えられますか。
その場面での役の心情、どういう気持ちで言葉を発するかということをしっかりとつかまえることが大切です。綱豊には型という型はありませんが、僕はこうしているとお話しします。大事なのは愛。次期将軍になろうという人が、わずか禄高5万石の浅野家家臣への同情と侍心を重んじて、「本望を遂げさせてやりたいのう」と口にします。大大名がそういう気持ちになっている。その人物像を表現する。一方の助右衛門は、たとえ不貞腐れて綱豊に強く語りかけても、本当なら直に顔も見られないような位の高い人と対峙していることを忘れてはいけない。対等にやり合うのではなく、下から食らいつく必死さが必要です。頑張って威張っている、そういう人物だとお話しています。






