歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



京都四條南座 「當る未歳 吉例顔見世興行」 『新口村』今度の舞台を楽しく見るために

ようこそ歌舞伎へ 片岡秀太郎

虚実入り混じった芝居の難しさ

 ――梅川が登場してからのお気持ちをお教えください。雪の中で梅川と忠兵衛が比翼紋の付いた揃いの黒の衣裳をまとっていることが、まず目を引きます。

 ペアルックですね。逃げていてそんなわけがないのですが、雪と黒の衣裳がマッチしています。二人が被っていた糸立て(ワラなどでつくった粗末なむしろ)をすっと開けると、お客さまは喜ばれます。風情に感動してくださるんです。

 リアルにし過ぎると、なんで雪の中で裾を引いて歩くんだということになりますが、かといって、さっさと歩いてしまうと「ここは雪の上ですよ」と言いたくなります。理屈っぽくするといろいろな矛盾が出てまいります。その辺が、虚実が入り交ざった芝居の難しいところです。

 ――訪ねた忠三郎は留守で、二人はその女房から忠兵衛の事件が騒ぎになり、調べの手が延びていることを聞かされます。

 聞かされた二人は驚きますが、「二人はハッと、胸に釘。打ちうなづいて」の浄瑠璃では梅川はちょっと見るぐらいで、後は忠兵衛に任せ、やりとりを聞いています。心細いんですよね。

『恋飛脚大和往来』(こいのたよりやまとおうらい)「新口村」(にのくちむら)

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平成2年6月大阪 中座
撮影:飯村 隆

 大坂新町井筒屋の遊女、梅川をめぐって言い争ううち、あろうことか預りの為替の封印を切ってしまった亀屋の忠兵衛。大罪を犯した忠兵衛は死を覚悟し、身請けした梅川と二人、逃避行を決めます。

 人目を忍ぶ二人は雪の中、大和の新口村にやってきます。実父の孫右衛門にひと目会いたいと願う忠兵衛でしたが、今の身の上ではそうもいかず、村の知り合いの家を訪ねました。すでに今回のことが孫右衛門に心労をかけているとわかった二人は、身を隠して遠くに見える孫右衛門に手を合わせ、暇乞いをするのでした。

 そのとき、孫右衛門が薄氷に足を滑らせ転んでしまいました。見かねて飛び出した梅川は、鼻緒をすげながら、舅も同じような年頃なので嫁として孝行できてうれしいと語り、連れ合いへの形見にと、孫右衛門の塵紙をもらい受けます。すべてを察した孫右衛門も心情を語り出します。忠兵衛に会ったら訴人しないと、身替りに入牢している義母への義理が立たないと言うので、梅川はそっと孫右衛門に目隠しをし、忠兵衛を呼び寄せました…。

役者は死ぬまで修行、正解はないと言った父

 ――女房が出かけ、忠三郎の家に入った梅川と忠兵衛は、雪道の中を傘を差し、杖をついてくる孫右衛門の姿を窓から見ます。孫右衛門は花道から舞台に来たところで足を滑らせ、鼻緒を切って転びます。梅川は家から走り出ます。

 梅川は孫右衛門の鼻緒を紙縒り(こより)ですげてやり、孫右衛門はきれいな手をしているなと思います。何気なくすっとやることが必要です。梅川は自分の上等な塵紙(ちりし)と孫右衛門の塵紙を取り換えてくれと頼みます。

 受け取った塵紙を、私は忠兵衛に渡しには行きません。渡しに行ったら、孫右衛門が忠兵衛の方を見たくなる。孫右衛門は、「詞(ことば)の端に孫右衛門、さてはそうかと恩愛の、尽きぬ涙を押隠し」と浄瑠璃にもあるように、ああそうなのかと察する。そのほうが深くなると思いますし、情感も出ます。

 ――孫右衛門は梅川にお金を渡し、梅川は受け取ります。

 梅川のサワリです。踊ってはいけません。「二十日余りに四十両、使い果たして二分残る」と浄瑠璃にあります。あまり当てぶりっぽくならないようにします。今回は「御心ついたこのお金。逆さまながら戴きます」を、深刻に言い過ぎないようにしようと思います。

 以前は「御心ついた…」で涙がこぼれましたが、もっと淡々と言ったほうが梅川らしいかなと思います。後輩にも、そこに感情を込めて言うように教えていたので、軽めに言ったら、裏切者と言われるかもしれませんが、僕らは毎日考えているんです。父(十三世片岡仁左衛門)も役者は死ぬまで修業、正解はないと申しておりました。

ようこそ歌舞伎へ

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