歌舞伎文様考
連載第1回目は、株式会社INAX高野秀士さんとともに歌舞伎が育んだ文様に想いを馳せていただきました。常滑で焼き物を生業とした職人たちの組合から発展し、クラフトマンシップと美意識を受け継ぐINAX。
高野さんは日本の職人が生み出したタイルの伝統を守りながら、国内海外デザイナーとのコラボレーションなど新しい風を招き入れ斬新な商品を生み出してきました。
400年の伝統が育んだ歌舞伎文様についてお話を伺ううち、そのルーツや発展を通して歌舞伎と焼き物の歴史に意外な共通点が見つかります。
歌舞伎は文様のデータベース
― 歌舞伎の舞台ほど文様づくしの場はないと思うのですが
伊藤「そうですね。衣裳、大道具、小道具、化粧、櫛、簪(かんざし)、刀の鞘(さや)や鐔(つば)、扇や鼓、幕や障子…。ひとつひとつが、おびただしい文様の美から成立しています。しかも文様の組み合わせによって、場面が変わるごとに舞台全体がガラリと変化する。歌舞伎の様式美は文様の美によって成立していると言えるのではないでしょうか」
高野「御殿のお芝居などを観ていると襖に描かれた絵と調度品の文様、着物と、パターンづくしなのに統一感がありますよね。今では目にすることのないデザインだけど、自然に受け入れられるから不思議です」
伊藤「舞台を観ていてハッとするのは、散りばめられた文様の中に折々の四季や花鳥風月が盛り込まれていることです。その美しさが現代日本人の遺伝子にも訴えかけるのではないでしょうか」
高野「日本独特の文様として、どのようなものに注目されましたか?」
伊藤「例えば『助六由縁江戸桜』の揚巻の衣裳。豪華な打掛と帯には五節句のモチーフが重ねられています」
― 他に、目を魅かれたものはありますか?
伊藤「『紅葉狩』の更科姫の打掛に散りばめられた紅葉や『義経千本桜』の藤太の唐草衣裳、『仮名手本忠臣蔵』の師直の桐模様の長袴など、植物をモチーフとした文様は大陸から伝来してきた唐草文様を受け継いで日本で発展したものです」
伊藤俊治
美術史家、東京藝術大学先端芸術表現科教授
高野秀士
株式会社INAX デザインディレクター
『助六由縁江戸桜』の揚巻の打掛。左は桃の節句がモチーフ。右は正月がモチーフになっており、金糸、銀糸を長く垂らした注連飾りや羽子板、松飾などが刺繍され、正月を現しています。 |
『仮名手本忠臣蔵』高師直の衣裳。師直の家紋「五三の桐」の唐草模様があしらわれています。 |
『紅葉狩』更科姫の赤綸子流水鳳凰もみじ繍振袖着付、同裲襠(あかりんずながれみずほうおうもみじぬいふりそできつけ、どううちかけ) |
歌舞伎文様考
バックナンバー
-
第14回 火焔文様 〜内に秘めた荒ぶる魂
『助六由縁江戸桜』では傾城揚巻が豪華な打掛を脱ぐと、真っ赤な着物に金色の豪華な火焔太鼓があしらわれ観客の目を奪います。これも火焔文様がモチーフ。
-
第13回 『源氏物語』の世界を象徴する文様
今回は「源氏車」をとりあげます。 源氏物語の世界を象徴する文様に様々な意味を読み解くと、ますます舞台を観るのが楽しみになります。
-
第12回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(2)
前回に続き、話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第11回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(1)
話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第10回 和事衣裳の文様と色彩
今回は上方和事の衣裳に注目します。荒事の衣裳とはまた違った柔らかなデザイン。その文様は人の「こころ」を映す鏡でもあります。
-
第9回 歌舞伎舞踊—物語を文様から読み解く
今回は美しい衣裳の変容で魅せる「舞踊」に注目します。変化する衣裳、そこに描かれた文様のひとつひとつには、物語を際立たせる意味がありました。
-
第8回 荒事—荒ぶる魂を現す文様
今回は江戸歌舞伎を象徴する「荒事」に注目します。荒ぶる魂がほとばしる、そのルーツを文様や勇壮な衣裳に探します。
-
第7回 旅する「唐草模様」
数千年前に生まれ、大陸を通って日本にもたらされた唐草が、歌舞伎と出会ってどのように開花したのか。衣裳や大道具の中に悠久の時間が紡ぎ出すロマンを見つけます。
-
第6回 役者紋を纏う
俳優と観客とをつなぐ架け橋として、江戸時代には世界に類を見ない文様が生まれました。役者そのものをモチーフにした「役者紋」です。
-
第5回 絢爛な衣裳を彩る文様
日本人は、文様にうつろう四季のダイナミズムや自然と暮らす人間のドラマをも盛り込みました。今回は歌舞伎の衣裳を見ながら、文様に隠された発見をご紹介します。
-
第4回 “演技する”文様
十七代・長谷川勘兵衛さんを訪ねての対話から、文様に込められた役者と道具方との息の合った舞台創り、受け継がれる文様の美を紐解きます。
-
第3回 「大道具」役者と道具方との対話
武家屋敷や御殿にはたくさんの文様が散りばめられています。様々な文様は俳優と道具方の密な関係によって歌舞伎が創られてきたことを物語ります。
-
第2回 「劇場」芝居の歴史と気分を語る文様
歌舞伎を、そして劇場を文様で読み解く新趣向の知的探訪。本日は東銀座の歌舞伎座を訪れました。
-
第1回 「序章」歌舞伎は文様のデータベース
歌舞伎の衣裳や大道具、役者紋などから様々な文様をとりあげ、江戸が生んだ最先端デザインに注目。文様に秘められた物語を発掘します。