生活の中に“生きる”日本の文様

― 日本における文様のデザインは、江戸時代に大きな変化を迎えますね

伊藤「飛鳥奈良時代の文様はペルシャや中国の影響を色濃く受け継ぐものでした。ところが江戸期の文様は日本人独自の感覚で生み出されてゆきます。江戸はまさに日本の文様のルネッサンスと言えるでしょう」

― 具体的にどんな変化が起こったのでしょうか?

伊藤「飛鳥奈良時代の美意識を受け継ぐ貴族文化のデザインと、鎌倉以降の武家好みのデザイン、それらを折衷し変化させながら庶民が日常的に身につける文様が膨大に生まれたのです。歌舞伎は流行した当時の最新デザインパターンをいち早く取り入れ、古くからある文様に大胆な解釈を加えることで、文様の巨大な生きたアーカイブと化していったのだと思います」

― タイルのデザインも、江戸時代に大きな変化を迎えるそうですね

高野「それまでのタイルは、中国や朝鮮から輸入したものが主でした。ところが江戸時代になると日本各地に窯ができ、絵付けや焼成をし作陶を生業とする産業が誕生します。伊万里や有田、常滑など、今も名窯元と言われる場所は江戸時代に独自の作品を創り花開きました。江戸期の焼き物やタイルには日本独特の文様が見られます」

伊万里花文六角腰瓦18〜19世紀


 庶民文化の隆盛によって花開いた日本のパターンデザイン。歌舞伎と焼き物、どちらも共通するのは誕生の源が「生活」に根ざしていることではないでしょうか。

高野「焼き物やタイルに描かれた文様は日本に限らず、その国の文化を象徴しているんです。例えば世界的な焼き物の産地であるオランダのデルフト。ここで作られたタイルは、船だったり、家だったり、大航海時代の栄華を記録する文様が描かれているんですよね。暮らしと共存するデザインは、時代が変わっても受け継がれてゆくのではないでしょうか」

伊藤「歌舞伎もそうです。美しい衣裳や文様は歴代の名優たちや彼らを支える裏方が長い時間をかけて育んできたものです。ところがその舞台は、美術館や博物館のようにガラスケースに納められた展示の場ではありません。生きた役者や職人たちが、生きた文様を見せる場なんですよね。歌舞伎は文様が従来持っている生命力を持つ、生き返る場だと言っていいかもしれません」

 歌舞伎は、江戸時代の生活や当時の人々の息づかいを今に残す血の通った場所。

 次回からは舞台を彩る日本の文様の形をさまざまなアプローチで明らかにしながら、現在にまで受け継がれてきた美の記憶と創造をたどってゆきます。

 400年に及ぶ歴史を持つ、日本の古典芸能。
 そこは日本の文様の一大宝庫でもある。
 ぜひ、一緒に宝探しを楽しんでください。


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトをおこなう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースもおこなう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


高野秀士

高野秀士
1955年福岡生まれ。(株)INAX デザインディレクター
早稲田大学理工学部卒、1990年(株)INAX入社、1998年デザインセンター長2001年より現職。2004年より女子美術大学大学院非常勤講師。著書「20-21世紀 DESIGN INDEX」(共著)、2006年伊藤俊治氏とともに銀座通りにてマグナム・フォトとのコラボレーションで「GINZA PHOTOGRAMM 2006」をプロデュース。


写真協力・(株)INAXライブミュージアム、(株)伝統文化放送

歌舞伎文様考

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