歌舞伎文様考

シルクロードを経て歌舞伎で花咲く文様
歌舞伎の様式美は、大道具と一体化して進展してきたと言えます。
空間を大道具で囲いこみ、拡げるというより凝縮して虚構世界を絵画的に創りこんでゆく。“定式”と呼ばれる大道具の張物や書割の規格化や組み合わせ法も、こうした考えから工夫されてきたものです。
歌舞伎の大道具というと、どうしても大仕掛けが思い浮かびますが、細部の構成にも実に細やかな創意が凝らされています。道具帳に描かれた舞台装置の中でも、特に目を引いたのは御殿や屋敷を彩る金箔や花丸(はなのまる)文様でした。花丸は、桜、菊、桔梗、水仙、梅、燕子花(かきつばた)、椿などを丸形にはめこみ、文様化したもので、衝立や高欄から襖や障子まで様々な用途に使われます。
伊藤 「実に様々な季節の花がありますね」
長谷川「これは私の師匠の細谷政雄がデザインして残してくれたものです。花丸だけの見本帳と言えるのはこれしかないんです。よく大道具で使うのは、桜、梅、牡丹などですね。それ以外にも様々な花を描いてくださいました」
伊藤 「どういった時に花を描き分けるんですか?」
長谷川「これも俳優との打ち合わせで決まっていきますね。家ごとに持つ花紋を描くことが多いです。成田屋の芝居ならば牡丹ですとか」
伊藤 「毎回、上演の度に新しくしているんですか?」
長谷川「ええ。リクエストもありますし。歌舞伎は俳優が舞台で際立つ芸能ですから、大道具はいかにして俳優を美しく見せるか、存在感を出せるかが命です。俳優の希望にどこまで応えられるかが仕事なんです」


日本の文様の特徴のひとつは、花文の種類の多さです。日本で初期に用いられた文様は、シルクロード沿いに伝えられたもので、独創的なものは少なかったのですが、奈良平安と進むにつれ、日本独自の文様が考案され始め、江戸時代以降は新趣のものが次々と創出され、世界でも類を見ないほどの花文文化が形成されました。
四季の花々を文様にしたものは、花文、唐花文、花華文、小花文、大花文、花弁文といったようにその形状により細別されることもあります。
花文はその時代時代の流行で、文様として生命を宿し、脈々と茎を伸ばしてきました。また歌舞伎の大道具においては、花丸が出演する俳優に因んだ花でつくられることもあると聞き、あらためて芝居と花文が深く結び付いていることを知らされます。

歌舞伎文様考
バックナンバー
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