生命をリレーする文様というデザイン

伊藤俊治

 唐草は草花文様の一部だと考えられますが、古代エジプトからオリエント、中東、アジア、日本と、文化も美意識も違う地域の人々を魅了したのは空間を縦横無尽に埋め尽くすかのようなエネルギーです。

 先端をどこまでも伸ばしてゆく蔓植物がモチーフとして多様されるのも、唐草のテーマが潜在的に生命力を孕んでいることを物語ります。

 世界を覆い尽くすように伝播した唐草文様はまた、それぞれの時代や土地の文化を語り、文化が伝わってゆくルートを示す足跡にもなってきました。数千年前から脈々と新たなデザインを生み出し続ける唐草はまた、人間が装飾に喜びを見いだした事実を伝えます。唐草文様には人間の創造力や美への限りない欲望の遺伝子が織り込まれているのです。

 歌舞伎の舞台は、庶民の生活が豊かになり、着物や、日用品の傘、巾着袋といった持ち物に人々がこだわりだした江戸時代の流行を映すタイムカプセルです。大陸から伝わった文様と新しいスタイルをとりこんだ時代の唐草が混在する舞台はまた、日本のデザインの交差点とも言えるのです。

忍冬唐草(飛鳥時代)。忍冬唐草はスイカズラのような蔓草を図案化した唐草文様。パルメットが伝来する過程で変化し生まれたものと考えられ、日本には中国を経て渡来。

蔓唐草、日本、飛鳥時代

蔓唐草、日本、奈良時代


伊藤俊治

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。


歌舞伎文様考

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