歌舞伎文様考
歌舞伎との出会いが切り開いた新しい“アヴァンギャルド”
伊藤 「ひびのさんは最近、浴衣や風呂敷など和をモチーフにしたデザインも手がけていますよね。歌舞伎の仕事をするようになって意識の変化がありましたか?」
ひびの 「とても大きいと思います。実は最初にコクーン歌舞伎のお話をいただいたきっかけが、中村勘三郎さんが私の作品集を偶然目にして『面白い!』と言ってくださったからなんです。その時はまさか古典芸能を自分が手がけるとは思っていなくて『勘三郎さんは着物じゃないものを着たいのかな…』(笑)とまで思ったんですよ」
伊藤 「実際にやってみてどのような発見がありましたか?」
ひびの 「実は私自身それまで仕事をする中で、自分が作り出すコスチュームは色が派手すぎるのではないかと思っていたんです。でもその短所が、歌舞伎の色づかいにとても合っているということが分かったのが驚きでした。合っているというか、似ている」
伊藤 「自分の中から生まれたクリエーションと歌舞伎が似ているのは、なぜなんでしょう。やはりDNAのようなものがあるのかな」
ひびの 「そうだと思います。それまでアヴァンギャルドなものを作っている方々や外国の方と仕事をすることが多かったのですが、やはり自分は日本人として生きてきたのだなと再認識しました。だから日本の伝統が育んできたものも自分の中にあるのだと」
伊藤 「江戸の歌舞伎は本来新しいものや西洋のものなどもどんどん取り入れて今に残る衣裳を作り上げてきたと思うのですが、そういう面では共感できることがあったのではないですか?」
ひびの 「そうですね。歌舞伎は江戸時代からすでに、すごいアヴァンギャルドをやっていたってことですよね。ですから歌舞伎の仕事をしているとものすごく勇気づけられます」
歌舞伎の伝統的な文様や色合わせに革新を見い出し広がる、ひびのこづえさんの世界。新しい文様、新しい衣裳は物語と、古くから伝わる文様にヒントを得て生まれると言います。『野田版 愛陀姫』衣裳にまつわる秘話、そしてコクーン歌舞伎を手がけた時の貴重なお話を次回もお届けいたします。

ひびのさんデザインの和装バッグ

ひびのさんデザインの「ひのきのはきもの」。ひのきは軽くて素足にあたたかくなじむという

ひびのこづえ KODUE HIBINO コスチューム・アーティスト
東京芸術大学美術学部デザイン科視覚伝達デザイン卒業。デビュー以来、広告、演劇、ダンス、バレエ、映画、テレビなど幅広い分野で活躍している。97年に作家名を内藤こづえよりひびのこづえに改める。現在NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』『からだであそぼ』のセット衣装を担当中の他、野田秀樹演出の歌舞伎『野田版 愛陀姫』衣装、映画『ゲゲゲの鬼太郎千年呪い歌』の衣装を担当。11/14〜12/25まで竹中工務店1FギャラリーA4にて個展開催。1月には野田秀樹作・演出の舞台『パイパー』の衣装担当予定。
公式ホームページ http://haction.co.jp/kodue/home.html

伊藤俊治
1953年秋田生まれ。東京藝術大学先端芸術表現科教授、美術史家・美術評論家。美術や建築デザインから写真映像、メディアまで幅広い領域を横断する評論や研究プロジェクトを行なう。装飾や文様に関する『唐草抄』や『しあわせなデザイン』など著作訳書多数、『記憶/記録の漂流者たち』(東京都写真美術館)『日本の知覚』(クンストハウス・グラーツ、オーストリア)など内外で多くの展覧会を企画し、文化施設や都市計画のプロデュースも行なう。『ジオラマ論』でサントリー学芸賞受賞。
歌舞伎文様考
バックナンバー
-
第14回 火焔文様 〜内に秘めた荒ぶる魂
『助六由縁江戸桜』では傾城揚巻が豪華な打掛を脱ぐと、真っ赤な着物に金色の豪華な火焔太鼓があしらわれ観客の目を奪います。これも火焔文様がモチーフ。
-
第13回 『源氏物語』の世界を象徴する文様
今回は「源氏車」をとりあげます。 源氏物語の世界を象徴する文様に様々な意味を読み解くと、ますます舞台を観るのが楽しみになります。
-
第12回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(2)
前回に続き、話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第11回 特別対談 ゲスト:ひびのこづえさん(1)
話題の作品の衣裳を手がけ続けてきたコスチューム・アーティストのひびのこづえさんと、東京藝術大学先端芸術表現科教授の伊藤俊治さんとの対談です。
-
第10回 和事衣裳の文様と色彩
今回は上方和事の衣裳に注目します。荒事の衣裳とはまた違った柔らかなデザイン。その文様は人の「こころ」を映す鏡でもあります。
-
第9回 歌舞伎舞踊—物語を文様から読み解く
今回は美しい衣裳の変容で魅せる「舞踊」に注目します。変化する衣裳、そこに描かれた文様のひとつひとつには、物語を際立たせる意味がありました。
-
第8回 荒事—荒ぶる魂を現す文様
今回は江戸歌舞伎を象徴する「荒事」に注目します。荒ぶる魂がほとばしる、そのルーツを文様や勇壮な衣裳に探します。
-
第7回 旅する「唐草模様」
数千年前に生まれ、大陸を通って日本にもたらされた唐草が、歌舞伎と出会ってどのように開花したのか。衣裳や大道具の中に悠久の時間が紡ぎ出すロマンを見つけます。
-
第6回 役者紋を纏う
俳優と観客とをつなぐ架け橋として、江戸時代には世界に類を見ない文様が生まれました。役者そのものをモチーフにした「役者紋」です。
-
第5回 絢爛な衣裳を彩る文様
日本人は、文様にうつろう四季のダイナミズムや自然と暮らす人間のドラマをも盛り込みました。今回は歌舞伎の衣裳を見ながら、文様に隠された発見をご紹介します。
-
第4回 “演技する”文様
十七代・長谷川勘兵衛さんを訪ねての対話から、文様に込められた役者と道具方との息の合った舞台創り、受け継がれる文様の美を紐解きます。
-
第3回 「大道具」役者と道具方との対話
武家屋敷や御殿にはたくさんの文様が散りばめられています。様々な文様は俳優と道具方の密な関係によって歌舞伎が創られてきたことを物語ります。
-
第2回 「劇場」芝居の歴史と気分を語る文様
歌舞伎を、そして劇場を文様で読み解く新趣向の知的探訪。本日は東銀座の歌舞伎座を訪れました。
-
第1回 「序章」歌舞伎は文様のデータベース
歌舞伎の衣裳や大道具、役者紋などから様々な文様をとりあげ、江戸が生んだ最先端デザインに注目。文様に秘められた物語を発掘します。